M-1史上最高得点の681点を叩き出し、“神回”を作ったミルクボーイ。決勝1本目のネタ「コーンフレーク」はインパクトが大きく、翌日、一部のスーパーではコーンフレークが売り切れたという。

 じつは当初2人は、初の準決勝進出を目標にしていた。そして“勝負の”準々決勝では「モナカ」を選択する。

 そこからM-1決勝の1本目に「コーンフレーク」を選ぶまでには何があったのか。(全3回の2回目/#1#3へ)

ADVERTISEMENT

◆◆◆

「出番を待っている間もひたすらネタ合わせしてました」

――決勝の出番順は、どう考えていましたか。

内海 いつでも来いという感じで。1番でもいいぞと思っていました。1番で優勝したら、いちばん目立てるんで。

2019年M-1王者ミルクボーイの駒場孝さん(左、ボケ担当)と内海崇さん(ツッコミ担当)

――出番を待っている間、ひたすらネタ合わせをしていたそうですね。

内海 ずっとしてましたね。CM中も。

――中には、やり過ぎると逆に緊張してしまうとか、鮮度が薄れてしまうとかおっしゃる方もいますが。

内海 やった方がいいでしょう、練習は。

駒場 僕らの場合は、マイナスなんて1つもない。

――スタジオ裏の、出番を待っているスペースでネタ合わせをするんですか。

内海 いや、トイレの方に行ってやってましたね。他の組がネタをやってるとき、そのあとの得点発表の時間と合わせると7、8分くらいはあるんで。

――裏でずっと待機していなくてもいいものなんですね。

内海 大丈夫ですよ。裏でネタ合わせをやるのは失礼なので、僕らは別の場所に移動していたんです。

かまいたちさん、和牛さんが出て「みんな3位狙いに切り替えた」

――2番目のかまいたちさんが「660点」という高得点を出したときは、どんな心境でしたか。

内海 いや、すごいな、と。初出場組が7組おる中、番組的にウケを計算できるのは、かまいたちさんくらいやったと思うんですよ。そうしたら、続く3番目は敗者復活のクジが出て、和牛さんでしょう(652点)。もう、これ以上やる意味ある? って感じじゃないですか。番組が終わってもいいような。

1985年12月9日兵庫県出身の内海

駒場 二大巨頭が出てもうて。

内海 審査員の塙(宣之)さんも、この後大変ですね、みたいなことを言ってましたよね。だから、冗談じゃなく、みんな3位狙いに切り替えたと思いますよ。誰が3位に入れんのかな、ぐらいの空気。

――さすがにかまいたちの後、和牛の後は嫌やなというのはありましたか。