昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集観る将棋、読む将棋

「里見さん、西山さんとはいつか対戦したい」女流棋士が語るタイトルホルダーへの憧れと覚悟

塚田恵梨花女流初段インタビュー #2

2020/03/13

「母との対局はこれからもありません。母は今期で引退しますので」

 塚田恵梨花女流初段へのインタビューのなかでこんな発言が聞かれた。

両親ともに棋士という家庭に育った塚田恵梨花女流初段

 彼女の母は、高群佐知子女流四段。将棋界では、例のない母と娘による公式対局が実現すれば、大きな話題となるところだが、高群女流四段は今期で引退して、もうその機会はこれから先、訪れることはないという。

 この母の決断に対して娘はどのような感想を抱いたのだろう――。塚田恵梨花女流初段へのインタビューの後編となる本稿では、彼女の将棋にかける思い、そして叶わなかった母との対局などについて聞いた。

この3年間は、精神的に辛かったですね

 塚田泰明九段と高群佐知子女流四段の間に生まれた塚田恵梨花女流初段は、2014年、16歳のときに女流2級でプロデビューを果たしている。棋風は、父親譲りの攻め将棋で、子供のときに教わってからの居飛車党である。比較的早いプロ入りだが、ここからの道のりは、決して平坦ではなかったようだ。

塚田 女流2級でデビューしてから3年の間、ずっと2級でした。プロになったとき、初段までは比較的楽に上がれるだろうといわれていて、実際、同期の人は、どんどん上がったんです。でも私だけずっと2級だったので、この3年間は、精神的に辛かったですね。

幼少期から居飛車一筋だという

 そこから練習方法などを試行錯誤し2017年に女流1級に、そして2018年度の成績によって2019年4月から女流初段に昇段している。

どうしても実戦が不足してしまう

――初段になったときは、どんな気持ちでした。

塚田 嬉しいというよりもホッとしましたね。

――そのために、どういった努力をされたのでしょうか。

塚田 いちばん力を注いだのが、実戦を増やすことですね。研修会にいたときは、決まった実戦の数があったのですが、プロになると、トーナメントで早々と負けてしまうと月に1回も対局がないときもあるので、どうしても実戦が不足してしまう。この点を道場やネット対局で補うようにしました。

 

 男性棋士と女流棋士の大きな違いのひとつに実戦の数がある。男性棋士は、年間かけて戦う順位戦のリーグがあるので、成績が振るわずとも、一定の対局数を確保できる。しかし女流棋戦は、基本的にトーナメント方式なので、初戦負けが続くとどうしても対局数が少なくなってしまう。

 それゆえ、塚田さんは、来期の目標として「リーグ入り」を口にした。現在、女流7大タイトル戦のうち「岡田美術館杯女流名人戦」と「女流王位戦」は、勝ち上がるとタイトル挑戦者を決めるためのリーグ戦に参加することができる。