「最初の作品である『彼女と彼女の猫』が完成した直後のことです。出来上がった動画ファイルを、ディスプレイいっぱいに拡大してみると、それがひとつの作品、短い映画のように見えてきました。それを一晩中、一人でずっと、リピートしながら見続けていました。(注:『彼女と彼女の猫』は、4分46秒という短い作品)
こういうものが作りたかったんだ、ということを、作ったものに教えてもらった気がします。存在してなかったものを存在させる喜び。結果的にはそれが、アニメの作品を作ることであり、監督をすることだったのですが」
新海監督にとって、『彼女と彼女の猫』は、もうひとつの忘れられない体験とつながっている。
「下北沢トリウッドという、50席もない、小さな映画館があります。そこで『彼女と彼女の猫』を上映してくれることになりました。仕事が終わったあとにそっと観に行ったのですが、その時は、観客が一人もいませんでした。結果的に自分だけで観ることになったんです。
その時のことが忘れられません。映画館で作品をかけてくれる、ということにはものすごい高揚感を感じたのですが、でも、その先に『観客』がいてほしい。ですから、次には観客のための作品として『ほしのこえ』を作ったんです」
『ほしのこえ』は、初期の個人制作CGアニメーションとしては異例のヒットだった。DVDは6万枚近くが販売され、新海監督の名を世に広く知らしめるきっかけとなっている。この作品も下北沢トリウッドで上映されたが、今度は大入りとなった。観客は終電まで途切れず、何度も追加上映が行われた。
「観客のみなさんが拍手してくれるのを見て、『ああ、自分にもこういうことができるんだ』と感じて、次へのモチベーションが生まれました。結果として、初の長編である『雲のむこう、約束の場所』(2004年公開)を作ることになるのですが、今度は作ってみると、作ったことに対する反省も産まれます。
苦労して右往左往して……観客は前よりさらに来ていただけるようになっているけれど、自分としては、作り終わるたびに『ほんとうはこんなはずじゃなかった』という気持ちになります。じゃあ、次はもっといいものを作れば、違うものを作れば観客はどう思うだろう……。その繰り返しです。
『観客に届けたい』という気持ちと、観客からのレスポンス。観客と作品の両輪があって、ずっと続けてこれたのかもしれないです」