家も車も全てを売り払って入信
この時ふたりはロシア正教の敬虔な信者だったという。
「私の祖母がロシア正教を深く信仰している人で、とても厳しく躾けられました」とマリーナは言う。この時はまだヴィッサリオン教自体が存在していなかった。
そして1991年、ソ連が崩壊した。
それまで決まった職にも就けず、質素な暮らしをしていたニコライの人生はこの時好転した。
「ソ連がなくなって、街はOPG(オーパーゲー。アジアをルーツに持つ犯罪集団)が仕切るようになっていました。私はこの時、不動産業や建築業などできることならなんでもやりました」
共産党の存在が後景に追いやられ、犯罪組織が目を光らせるようになったロシアには資本主義の萌芽があった。ニコライはその波に乗じるようにして富を得た。
彼は妻とふたりの娘を連れ、ペトロパブロフカから70キロメートルほど離れたクラスノダールに家を構えた。プール付きの邸宅で、大きな車庫にも入りきらない台数の車を所有した。家には笑顔が溢れていた。
しかし転機が訪れた。
「あれは1997年でした。親戚から一本のVHSを渡されたのです。そこにはヴィッサリオンの教えが収録されていました。それを見て、自分たちの今の暮らしにはエネルギーが欠けているということに気づいたのです。その翌年には家も車も全てを売り払って、ペトロパブロフカにやって来ました。当時娘は10歳と11歳でした」
そうするとその時の娘はもう30歳を超えている。
「その娘さんたちは今どちらに?」
「外の街で暮らしています。たまにここへ遊びに来ますよ」
「ヴィッサリオン教の何がそこまでいいんでしょうか」
貧しかった暮らしから一転、手に入れた豪邸での煌びやかな生活。にもかかわらず、教団のビデオを見た彼は「エネルギーが欠けている」と思い、全てをなげうって辺境の地に移り住んだ。
教団の何が彼の心をそこまで強く惹きつけたのだろうか。
「ヴィッサリオン教の何がそこまでいいんでしょうか」
あけすけな質問に、ニコライはひとつ呼吸を置いてからゆっくりと答えた。
「どこがいいかを説明するのはとても難しいですね。けれど、ここにいれば何も悩む必要がないというのは大きなことです。まず、自分の中で悩みを解決する方法を教えてもらいます。しかし自分で解決しきれないこともある。その時は隣人が助けてくれます。隣人でさえもその悩みを解決することができなければ、最後は教祖が解決してくださいます」
「それは例えばどういった悩みでしょうか」
「私たちはなんのために生まれたのか。神とは何者なのか。神はどれだけ私たちを愛してくれているのか。そういったことです。教祖はその答えをご存知ですが、我々のために頭を悩ませてくださる。教祖の役目は、私たちの頭から悩みを取り除くことなんです」
そうなると、その答えというやつを聞きたくなる。
「我々が生まれた理由っていうのはいったいなんなんですか?」