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全ては話し合いで解決できる

「教団には夫婦に関するルールがいくつかあります。例えば夫婦が喧嘩をしたら、24時間以内にそれぞれがなぜ怒っているのか理由を明らかにし、不満を解消しなければなりません。24時間を超えて喧嘩を継続したら違反です。そうなれば太陽の街に暮らし続けることはできません。しかしその前に、悩みを集会で告白して、隣人たちに解決の方法を仰ぐことができます。そこでも解決できなければ、教祖に助けを求めます。ただし、そこまでいくことは極めて稀です」

「離婚する夫婦もいるんですか?」

「えぇ、います」今度はマリーナが答える。

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「離婚は人生における大きな選択です。人と人とが添い遂げようとするのはそこまで簡単なことではありません。教団は正しく離婚する方法を教えます。全ての手続きは教団を通して進めることになります。そうすれば、離婚後に元の夫婦が敵対心を持つようなことは絶対にありません。別れた後もよき友として付き合っていくことができます」

 離婚の手引きまでしてくれるとは至れり尽くせりの教団ではないか。とにかく、この教団には不和反目を絶対に認めないという強い意思があるようだ。

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 この土地の元の住人と教団との関係について聞くと「最近はとても円満にやっています」と彼は言った。

「最初はかなりの反発があって、人が殺されたとも聞きました。けれど、教祖は喧嘩を好みません。話し合って解決しようと努力しました。我々はどうしてもこの土地で暮らしたかったのです」

 それは構わないのだっけ、と疑問に思った。自分たちの都合で誰かの心に憎しみが生まれる。その憎しみは人を殺すほどである。それを禁止するルールを彼らは持ち合わせていないのだろうか。全ては話し合いで解決できる――そういうことを言っているのだろうか。

「人の正しさをあなたが判断するべきではない」

 さて、最後にイゴールが慌てる質問をしようではないか。

「ヴィッサリオン教がカルト教団だって言われていることに関してはどう思っているんですか?」僕が聞くと、イゴールはぐいっと美味い湧き水を飲み干してから通訳を始めた。相変わらず僕の質問の20倍ほどの単語量に膨れ上がっている。

 肥大化した質問に対しニコライは「よく言われますよ」と端的に答えた。

「どのような形で神を信じるかは人それぞれです。ただし、神を信じるのにお金を払わせるのは罪でしょう? それをやるのがカルトなんですよ」

 確かに何かを信じたいだけなのに、どうして金を払う必要があるのだろう。

「我々はカルトではありません」ニコライは言い切った。

 しかし、と彼は続けた。

「私はカルトが間違っていると言うつもりもありません。なぜなら、他人の正しさを私が判断するべきではないからです。あなたの正しさを私は判断すべきでないし、私の正しさをあなたが判断すべきでもない。それは大事なことなのです」

 人の正しさをあなたが判断するべきではない――。

 なんだか、予期せぬ角度から真理を打たれたような気がして、軽く目眩がした。

ハイパーハードボイルドグルメリポート

上出 遼平

朝日新聞出版

2020年3月19日 発売