「夜学へ行かせろ」「も少し眠らせろ」と叫んでいた
記事によると、彼らの要求項目は
(1) 臨時雇用制の廃止
(2) 給料即時増給
(3) 寄宿舎の衛生設備改善
(4) 時間外勤務の手当支給
(5) 退職手当並びに解雇手当の制定
(6) 長田幹雄、小林勇両氏の解雇
(7) 幹部公選
など。
解雇を求められている長田はのち同書店専務。小林は岩波店主の女婿となり、のちに会長を務めた同書店の大黒柱だ。この要求項目については、小林が書いた「惜櫟荘主人 一つの岩波茂雄伝」の記述は何点かで違っている。要求は10項目で、給料は「即時3割以上増給」になっているし、(1)の「臨時雇用制の廃止」は入っていない。正伝とみられる安倍能成「岩波茂雄伝」なども同じ。ただ、これは、以前からの「丁稚制度」を廃止するということだろうから、意義は最も重要で、10項目にはなくても、当然要求には入っていたはず。
東京朝日の記事によれば、13日午後5時、岩波店主は、顧問の東京帝大(現東大)教授ら3人を付き添いに従業員側と会見。席上「3項目の回答案が示されたが、従業員側は誠意なきものとしてはねつけ、怠業を続けている」。さらに「同夜は少年店員もこもごも気勢を上げ、可憐な文章などを書いて『夜学へ行かせろ』『も少し眠らせろ』などと叫んでいた」とも。
急激な発展期に入っていた
当時、岩波書店は創業時の古書店から出版中心に替わっており、前年1927年には「岩波文庫」を創刊。岩波店主に「出版者になってよかった」と言わせるほど、熱狂的な歓迎を受け、急激な発展期に入っていた。このストライキで、同月15日に予定されていた「漱石全集」発行の延期と、岩波講座、「芥川全集」の作業の遅れなどの痛手を受けた。東京朝日の紙面には店主の「無理もない」という見出しの談話も載っている。
「あまり突然なので驚いたが、幹部2名の解雇要求が主であって、その他要求はほとんど現在実行しようとし、あるいは考慮中のもので、無理はないと思っている」。その後に気になることを語っている。
「問題は組合の応援や、勤務後日の浅い連中が店の慣習を知らずに騒いでいることで、とにかく、解決まで店を閉めておくのもやむを得まい」。「小僧」たちは知恵をつけられ、たきつけられているという意味だろう。