若年層を中心に非正規雇用が増加し、中には働いても暮らしていくのが苦しい「ワーキングプア」の人たちも、劣悪な労働条件の「ブラック」と呼ばれる企業で働かざるを得ない若者もいる。

 いまから90年以上前、「本屋の街」東京・神田の書店2店で少年店員たちが起こした待遇改善を求めるストライキは世間を驚かせた。表面的には短期間のささやかな動きだったが、さまざまな背景があり、日本の労働事情が大きく変化していくことを示す「サイン」だった。

現在の東京・神田 ©iStock.com

「小僧」という言葉も最近は聞かれなくなった。「鼠小僧」や「弁天小僧」など、フィクションの主人公や公園の「小便小僧」ぐらいか。手元の「新明解国語辞典」(三省堂)には(1)修行中の、年若い僧(2)商店などに見習い奉公している若者(3)未経験なくせに生意気な若者や、いたずらばかりして手に負えない子供――とある。「小僧=丁稚」と書いている辞書もあれば、「丁稚は、小僧などを含む慣習のこと」とする説もある。共通しているのは未熟な若者ということだろう。今回の主人公は(2)だが、その“反乱”は1928年3月14日付朝刊に大きく取り上げられた。

ADVERTISEMENT

「犯行行為の先触れ」は円本合戦の最中だった

「円本合戦の最中に 二書店の罷業騒ぎ 軒を並べた神田の書店街で 岩波は遂に休業」。この見出しの記事は東京朝日の社会面トップで、書き出しはこうだ。

「神田書籍街の大店、南神保町の岩波書店と向かい側なる仲猿楽町の巖松堂に、ほとんど同時に書籍店には珍しい争議が起こり、同業者及び警視庁労働課では一般に波及するを恐れて警戒している。この争議は小僧さん、中僧さんたちが昔からの奉公人制度を破壊しようとする反抗行為の先触れをなすもので、この種の商店の多い東京にとっては、相当重要性のあるものとみられる」

「小僧」のストライキを初めて報じた東京朝日新聞の紙面

 円本合戦とは、その2年前の1926年、改造社が「現代日本文学全集」を1冊1円(2017年の貨幣価値換算で約1600円)で予約募集して大人気を集め、他社も競って追随したこと。以下、記事は岩波での具体的な動きを記述している。

「12日午前9時、同書店内編集、出版、校正、小売り、卸など各部の従業員に少年店員40名を合して80名が突然店主岩波氏の自宅を訪うて待遇改善その他、封建的雇用法の改善12項をあげて嘆願書を出し、一蹴されるや、直ちにこれを『要求』に替えて怠業状態に入ったもので、13日は遂に開店不能に陥り、午前10時の会見も要領を得ず、店主側は岩波氏邸で善後策を講じ、従業員はさながら書店乗っ取りの形で店内の事務所に集合し、気勢を上げている」

「岩波氏」とは同書店創業者で、出版文化に大きな功績があったとして戦後文化勲章を受章する岩波茂雄。その牙城を揺るがす「小僧さん」たちのストライキの幕開けだった。