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「君たちがあくまで態度を改めねば、即時解雇する」

 その記事によれば、争議の直接の原因は、1人の従業員が3日間の欠勤を上司からひどく面責されたからだという。さらに当初の嘆願書が「一蹴され」たことについて、「岩波茂雄は『嘆願書』を渡されると色をなし、『こういうような形式は店の風に反するから受け付けない。もし君たちがあくまで態度を改めねば、即時解雇する』と言った。押し問答の末、翌日の回答を約束してその場は終わった」と記述している。

 さらに、翌13日午前、約束した店主の回答は「小店員の最低給料を3円から12円に値上げ」「寄宿舎の設備完備」「時間外勤務の手当額」だけだった。交渉は決裂。嘆願書は要求書として突き付けられることになった。午後の交渉では「中店員の最低給料は40円」と決めたのみで再び決裂。争議団を結成することになり、以後の交渉は「関東出版俸給生活者組合」(正確には東京朝日に出てくる「日本俸給者組合協議会」)に委ねられることになった。

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「両書店呼応し 店主に迫る 俸給生活者組合の応援で 代表者岩波氏と対談」。3月15日付(14日発行)東京朝日夕刊はこういう見出しで続報を載せた。

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「神田の書店街に勃発した岩波書店と巖松堂の従業員罷業騒ぎは、純然たる労働争議と化し、13日、両書店の従業員は相呼応して日本俸給者組合協議会の応援を求め、既報の要求項目を提げて店主に迫ることとなり、結束を固めているが、岩波書店の従業員代表3名は14日午前10時、俸給者組合の中央委員難波氏ほか3名とともに、さらに小石川区小日向水道町の店主岩波茂雄氏宅を訪ね、7項の要求項目につき、岩波氏と懇談的に意見の交換をなした」。岩波店主は「人事問題に関する1項を除くほかは大体容認する旨を述べ」た。

戦前の神田古書店街風景(「大東京写真案内」より)

突然、岩波側は組合との交渉を拒絶した

 これだと、妥結の方向性が見えたように受け取れる。

 一方、巖松堂側は14日正午に「小店員」に代わって俸給者組合員が会見を申し込んだのを拒否。「直接小店員の代表と会見したうえ、話を進めることを主張し、結局小店員の代表に同組合員が付き添うて社長に会見することとなった」

 しかし、「実業之世界」の記事によれば、岩波の実情は違っていたようだ。

 14日午前の交渉の席上、岩波茂雄は「事件が紛糾したのは、一に自分の不明の致すところでもあるので、今後の解決には、日本における模範的の労資の雇用関係を結ぶべく努力する」と発言した。14日午後7時に再交渉することになったが、突然、形勢は一変。岩波側は組合との交渉を拒絶したという。

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