そのとき、車内放送が流れてきた
突然の事態に体が固まってしまった彼は、少しでも恐怖を紛らわすため、自分を見つめてくる乗客たちと目を合わせまいと、視線を泳がせ続けた。そのとき、車内放送が流れてきた。
「これでアナタも終着駅に行けますね……」
それは機械音声の様な、淡々とした男の声だった。聞き覚えがある。そうだ、これはあの駅員の声だと、そう思った瞬間、彼の意識は遠のいていった――。
目が閉じていく瞬間、自分を凝視する乗客たちが笑っているのが、彼には解ったという。視界が暗くなると、耳に入ってくるガタンゴトンという電車の走行音も、次第に消えていった……。
それから、彼は誰かに呼びかけられる声と、体を揺すられる振動で目を覚ました。目を開けると、そこにいたのは若い男性駅員だった。
「アナタ轢かれてたかもしれませんよ!」
「大丈夫ですか!? 目、覚めました!?」
慌てた口調で、捲し立てる様に声を掛けて来たので、「え? あ、はい……」と気の抜けた返事をしてしまった。すると、「困りますよ! こんな所で寝てもらっちゃ!」と駅員が語気を強めてきた。
そう言われて、慌てて自分の状況を確認すると、なんと線路の軌条部分にうなじを乗せ、体は退避スペースに入りこんでいる。いつの間にか、彼は線路で眠っていたのだ。
眉間に皺を寄せた顔で、駅員は怒気をはらんだ口調で言った。「始業前の見回りの際は居られなかったのに、いつ線路に侵入したんですか!? 我々が見つけてなかったら、アナタ轢かれてたかもしれませんよ!」
その言葉を聞き、もし誰にも気が付かれることなく、この状態のまま電車が来ていたらと思うと……生きた心地がせず、ゾッとした。