昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

バスの窓からコショウを振りまいた志村

「志村は、初対面の誰とでも打ち解けられる、人懐っこいやつでした。あの頃は高校の近くも畑ばかりで、駅前に商店街があるだけ。コンビニもありませんから、放課後の小金井街道を、志村と2人、よく地元のパン屋に寄って買い食いをして帰りました。当時の僕らにはカツサンドなんて上等なものは買えなくて、せいぜいあんパン。でも、そのときも志村は、店のおばちゃんとすぐ仲良くなってオマケをもらうこともありました」(今野さん)

 今野さんと志村は都立久留米高等学校の同級生。2人が入学した当時は新設校で、校舎の建設が間に合わず、最初の1年をプレハブで過ごしたという。

高校1年生の体育祭では応援団員として盛り上げ役に。後ろに写っているプレハブの校舎で授業を受けていた

「クーラーなんてない時代ですよ。僕らのクラスはプレハブの2階だったから、真夏のカンカン照りの日は暑くて暑くて……。『暑いなぁ、涼しくなる方法ないかなぁ……』と志村と2人で言い合って、バケツに水を張って机の下にいれ、足を突っ込んで授業を受けたこともありました。生き返ったような心地で涼んでいたら、そんなときに限って志村は先生に当てられるんですよ。とっさに立てずに苦労していました(笑)」

 志村と過ごした高校時代は、毎日がドリフの「学園コント」のような日々だったと振り返る。「志村はいたずらばかりしていたんですよ」と、当時を思い返して楽しそうに笑った。

高校2年生の文化祭で、志村は友達2人と漫才を披露した

「高校1年のとき、高原学校で妙高高原の山小屋にバスで向かうことになりました。昔のバスですから、夏でもエアコンもなく、窓をあけて走ります。出発前に、開いた窓から肉屋を見つけた志村が突然、『おい、コショウ買っていかない?』と言い始めたんですよ。そのままバスを飛び降りてコショウを買って、窓際に座った。何をするかと思えば、バスが走り出すと後ろに向かって隠し持ったコショウを振る。窓から入ってくる風に乗って、コショウが後ろの席に広がるんです。するとたくさんのくしゃみが聞こえてきてね。あのときは笑いかみ殺すのに苦労しました」

z