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コロナで「防疫の名を借りた道徳の押し売り」が蔓延する理由

戦前の防疫と「教育勅語」の関係とは?

2020/04/20

 近頃、ツイッターやテレビ番組などを通じた著名人による発信(糸井重里「責めるな」、太田光「陰謀論っていうのは一番実は効率が悪くなる」ほか)が、暗に「非常時の今は政権批判を止めて、団結する時だ」というメッセージにも受け取れると議論を呼んでいる。

 100年以上前、感染症に苦しんだ日本でも似たような価値観が生み出されたという。近現代史研究者の辻田真佐憲さんが考察する。

コレラ予防のため、注射を打つ様子(1925年) ©︎getty

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 防疫は、ときに特定の価値観と結びついてきた。新型コロナウイルス感染拡大の影響が甚大な現代でも、それは変わらない。

「日本人は民度が高いから自粛する」。「非常時だから批判をするな」。「政権批判は止めて、一致団結しなければならない」。本当にそうだろうか? 明治時代につくられた“ある歌”から検証してみたい。

「コレラは衛生の母なり」

 14世紀のヨーロッパで大流行し、黒死病と恐れられたペスト。約100年前に世界を席巻し、第1次世界大戦を上回る犠牲者を出したスペイン風邪……。

 感染症は数あれど、幕末から明治にかけて日本で恐れられたのは、コレラだった。感染して約三日でころりと死ぬことから「三日コロリ」と呼ばれ、明治政府の指導者たちに公衆衛生の必要性を痛感させたのはこれである。「コレラは衛生の母なり」とまでいわれたゆえんだ。

「衛生唱歌」の譜面(国立国会図書館デジタルコレクションより)

 そんな戦前の防疫は、あの「教育勅語」と関係づけられていた。嘘だというなかれ。まずはこの「衛生唱歌」(三島通良作詞、鈴木米次郎作曲。1900年)の歌詞をみてほしい。

あやにかしこき天皇は 教育勅語を臣民に
くだし給ひてのたまはく 皆克(よ)く忠に克く孝に
ああこの忠義孝行は わが日本の精華なり
身体髪膚を父母にうけ 毀傷せざるを孝と云ひ
心身みながら天皇に 捧げまつるを忠と云ふ
その身体も精神も 健康ならずば強からじ
忠忠孝孝忠孝と のきにさへづる小雀も
森になきたつ小烏も 羽ぶし強きは声高し

 当時の道徳家には、スズメのチュンチュンという鳴き声が「忠忠」と聞こえ、カラスのカアカアという鳴き声が「孝孝」と聞こえたらしく、「忠忠孝孝忠孝」の部分はそれを踏まえたものだが、今回問題にしたいのはここではない。

 この「衛生唱歌」は、忠孝の道を究めるためには健康な身体と精神が大切であり、そのためには衛生の道を究めなければならないと訴えているのである。