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わたしの「神回」

曲は「“恋人からのプレゼント”と受け取っていた」歌手・華原朋美が自分を見つけるまで

「FNS歌謡祭2012」で歌った「I’m proud」

2020/04/30

「過去の歌を今の声で聞きたがってる」(注1)。休業中の華原朋美のもとに、かつて所属した事務所の社長の娘からメールが届いたのは、2012年10月の終わりのこと。睡眠薬などの多用で薬物依存症になり、一時は精神科の閉鎖病棟に入るほどだった。そこから少しずつ復調して、ボイストレーニングを始めていたのを見計らっていたかのように連絡が来たのだ。

 華原はカラオケ屋で録音したCDをもって社長に会いに行く。5年半ぶりの再会であった。5年半ぶりの再会に、社長はこう言ったという。「生きててよかったねぇ」(注1)。

華原朋美氏 ©getty

 そんな華原の復帰の舞台になったのは、フジテレビが生放送する「FNS歌謡祭2012」(2012年12月5日オンエア)であった。歌った曲は「I’m proud」だ。

 1996年に小室哲哉が提供したこの曲を、ここではヴァイオリニスト・宮本笑里とのコラボレーションが織りなす、ストリングスが印象的な演奏に乗せて伸びやかに歌いあげる。40代以上の者ならば、ビルの屋上でロン毛の小室とともに黒のパンツルックの華原が歌うPVを忘れずにいよう。それがこのステージでは、白い柄物のワンピース姿で、とても柔らかで華やいで見えた。

 小室サウンドの一曲ではなく、華原朋美の「I’m proud」を聴いた。あるいは90年代の懐メロなんかではなく、今の「I’m proud」を聴いた。そんな思いを抱かせる名場面となる。

「過去の歌を今の声で聞きたがってる」、事務所の社長から求めは、まるで世の中の望みであったかのようだ。

乗馬で鍛えた腹式呼吸と特異な声質に可能性を見出され

 小室哲哉がTKと呼ばれた時代、小室ファミリーはバブル崩壊の後遺症で沈みゆく日本経済のなかにあっても栄華をほこる絶頂の一族であった。華原がその一員となるのは1994年のこと。はじめて小室にあったとき、30人ものスタッフを連れていることに驚いた。その取り巻きたちは朝方まで仕えるようにそばにいて、小室が「お疲れさまでした」と声をかけると一斉に退散したという。

 そのとき、まだ「遠峯ありさ」を名乗るタレントだった華原は、なにになりたいのかと問われて「女優になりたい」と答える。すると小室は「僕はともみを歌手として育てたい」と言うのであった(注2)。乗馬で鍛えた腹式呼吸が歌には最適であること(3歳から乗馬をし、高校時代には国体で4位になっている)、それにくわえて特異な声質に歌手としての可能性を見出したのだ。後年、小室は「なかなかない声質です。倍音をたくさん含んでるんですよ」(注1)と評している。