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わたしの「神回」

2020/04/30

「そこに“華原朋美”は存在していなかったのです」

「いろいろあった人生だから、それで歌に深みが……」などと言いたいのではない。あの「I'm proud」は、途切れ途切れではあるが、歌手としてのキャリアを積み重ねていった賜物に他ならない。米国でのデビューを目指し、アニメ映画の主題歌を歌い、中島みゆき提供の曲(小室とのことを思わせるタイトル「あのさよならにさよならを」)を歌い、ミュージカルの舞台に立ち、そうした場数を重ねてきた延長にある。

 華原が小室ファミリーとして歌ったのは5年に満たない。そのうえ当時を振り返り、こう述懐している。「(提供された楽曲を)私は『恋人からのプレゼント』と受け取っていました。申し訳なく、また恥ずかしくもあるけれど、そこに“華原朋美”は存在していなかったのです」(注1)。小室と別れてからの紆余曲折のなかで、歌手・華原朋美をつくりあげていったのだ。

華原朋美氏 ©getty

 だからといって「FNS歌謡祭2012」は到達点ではない。翌年の同番組では小室と15年ぶりに共演で歌うなどしたように、「I'm proud」をこれからも、華原朋美は「今の声」で歌い続けよう。 

 そういえば2011年にくも膜下出血で倒れ、小室と離婚調停中のglobeのKEIKOは、取材に対して、カラオケによくいくといい、「globeはもちろん、中島みゆきさんの歌も大好きでよく歌うんですよ」と述べている(週刊文春2020年4月23日号)。まだステージで歌うのは困難なのかもしれないが、中島みゆきのどんな曲を歌っているのだろうかと、つい想像してしまうところだ。

(注1) 華原朋美『華原朋美を生きる。』2015
(注2) 華原朋美『未来を信じて』2000
上記のほか、華原朋美『苦あり楽あり』2001を参考にした。

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