2人とも湖に落ち、兄が怪我を
しかし、水面から氷上までの段差が低いので、何とか這い上がれそうだと考えた兄は、一旦、顔を水に入れ、勢いをつけて浮かび上がり、足を氷に乗せようとした。が、その姿は私からは溺れているように見えたので、思わずベルトを掴んだ。すると兄は「大丈夫だから離せ!」と言う。が、その時、右手に激痛を感じて「腕を折ったらしい」と言いだした。落水時に氷に強くぶつけたらしい(実際は右肩脱臼)。
私1人が氷から落ちた時は、わりと冷静を保っていた2人だったが、2人とも湖に落ちてしまい、周囲には誰の姿もなく、そのうえ兄が怪我をしてしまったのでは、もしかすると助からないかもしれないと思った。途端に恐くなって大声で助けを求める。見上げれば国道の橋の上を何台もの車が走っているのだから、誰か気付いてくれないものかと大きく手を振り、大声を張り上げる。
しかし、「体力をなくすから止めろ」と兄。次いで「左手が使えるか試してみる」と言って、また顔を水の中に入れて、身体を反転させ、氷の上に片足を上げようとした。私も兄の腰の下に手を入れて持ち上げようとしたところ、わりと簡単に兄が氷の上に転げ上がった。どうやら兄が氷の角に足を掛けて蹴ったのと、私が持ち上げたタイミングがピタリと重なったらしい。幸運だった。
兄は雪まみれになりながら国道へ
「自分にもできたのだからお前もやってみろ」と兄は言うが、私にはコツが分からない。腕の力だけを頼りにしているからなのか、胸まで浮くのがやっとで、足を氷の上まで上げることができない。兄が必死の形相で「俺が引っ張り上げてやる」と言うが、その怪我では無理だろう。「俺はまだ頑張れるから、助けを呼んできてくれ」と頼むが、「お前1人置いて行けるか!」と言う。
こんなことをしていても無駄だ。1人だけでも助かってほしい。そう思った私は、「早く行け! このままじゃ2人ともダメになるぞ!」と怒鳴った。
右手が利かず、その激痛に耐えながら、全身ずぶ濡れのまま雪の上を歩き出す兄。坂の上の国道までは700mほど。しかし兄にとっては数km以上の距離に感じたことだったと思う。私が氷の下に沈んでしまうのではないかと思いながら必死に歩いたことだろう。結局、40分以上かかって、雪まみれになりながら、這うようにして国道にたどり着いたようだ。