レスキュー隊員に救助され……
国道を走る車に手を振ると、3台目のトラックが止まってくれたそうだ。運転手さんが「1人か?」と聞いたので、「弟がまだ氷の下の水の中にいる」と答えると、すぐに無線か携帯電話で救助の要請をしてくれたという。後日、その運転手さんにお会いし、礼を述べたが、彼は多くを語らず、当たり前のことをしただけだと話すのみであった。
連絡を入れたあとすぐ、運よくダムを管理する職員と昨日まで釣りに来ていた釣り人が通りがかり、救急車が来るまでの間、車内で兄に暖を取らせてくれたそうだ。冷たい湖に落ち、雪まみれになり、体温が下がり切った兄が一命を取りとめたのは、彼らの善意のおかげであった。
一方の私は、1時間近くも氷水に浸かりながらも、湖底に沈むこともなく氷にしがみついていたそうだ。「そうだ」というのは記憶がないからで、救助に駆けつけてくれたレスキュー隊員に声を掛けられた時にも「大丈夫だ」と答えたらしいのだが、まったく記憶にない。
「約束を守れないかもしれない。ゴメン」と1人つぶやいた
兄の姿が見えなくなったあと、兄の上がった氷の角を捜して這い上がろうと試みたが、数回で無理と判断。体力の温存を考えて、ただ静かに氷に掴まっていた。しだいに下半身の感覚がなくなる。一方、上半身は湖面に風が吹くと猛烈に寒い。
早く誰か助けてくれ! 私は虫のいいことを言っていた。しかし、このまま人生を終えたら、自分の最期はあまりにも寂しすぎる。不思議と死に対する恐怖や焦りはなかった。ただ、私が死んだら、私を残して助けを呼びに行った兄が悔やむだろうから頑張らないといけないと思った。また、歩くスキーの大会へ一緒に行く約束をした知的障害をもつ三男に、「約束を守れないかもしれない。ゴメン」と1人つぶやいたことを覚えている。が、その後の記憶はない。