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特集観る将棋、読む将棋

2020/05/08

恩師は「何万人に1人の才能だと思いました」

 近藤誠也七段は1996年7月生まれ、千葉県八千代市で育った。近藤少年が初めて出会った将棋指導者は、千葉県八千代市の公共施設で20年以上将棋教室を開いている浅井幹彦普及指導員だ。

 浅井さんが振り返る。

「近藤君は5歳でお母さんに連れられて教室に通い始めました。最初は金と銀の動きが少し怪しかったけれど、すぐに目を見張るスピードで上達して、何万人に1人の才能だと思いました。私の教え子には、アマで活躍した子や、他に奨励会に入った子もいますが、近藤君はレベルが違った。私の指導では物足りないだろうと所司和晴七段の道場を紹介しました」

 めきめきと力をつけた近藤少年は小学校2年で小学生名人戦千葉県代表、小学校4年でJTこども大会(東京)準優勝と小学館学年誌杯優勝、小学校5年で小学生名人戦全国準優勝などメジャー子ども大会で活躍。千葉県内はもちろん、全国に名を知られていた。所司七段の弟子となり、4年生で初めて奨励会を受験して不合格となったものの、2007年8月の奨励会試験に5年生で合格する。四段昇段は2015年10月、19歳のときだった。

 

子ども大会では準優勝が多かった

――子ども大会でもかなり活躍されています。思い出はありますか?

近藤 準優勝が多かったですね。JTこども大会は高学年の部の決勝に進出。袴を着てステージに上がり、プロ公式戦の前に対局しました。でも6年生だった長谷部さん(浩平四段)に負けてしまいました。

 小学生名人戦も5年生のときに全国ベスト4に残ってNHKスタジオで対局することになり、家族も親戚も応援に来ました。ベスト4には6年生だった佐々木大地さん(五段)と古森さん(悠太五段)もいました。準決勝で佐々木さんに勝って、決勝では4年生に逆転負け(その優勝者はプロになっていない)で悔しい思いをしました。長崎県代表だった佐々木さんは関東に引っ越して、僕の後に奨励会に入ってきたので、話すようになりました。まだ小学生のときだったか、僕の家に遊びに来てくれたこともありました。

JTこども将棋大会にて佐藤康光九段と(近藤七段提供)

――佐々木大地五段とは奨励会に入る前に知り合ったのですね。子どものときから将棋に打ち込むには親御さんの応援もあったと思います。ご両親は将棋について「もっと頑張れ」とか言うようなことはあったのでしょうか?

近藤 両親は、東京や埼玉など県外の大会にもよく連れて行ってくれ、応援してくれました。2人とも将棋については、何を言うこともなく放っておいてくれました。奨励会で伸び悩んだときは心配していたかもしれません。