しかも、「テーマパークというよりは本当に人が暮らしている“町”」をつくりたいと構想を練っているという。
さらに、別の日には都内の劇場へ。西野さんは会社の活動報告会を行っていた。
2017年にオンラインサロンを運営する株式会社NISHINOを設立。この日は、サロン会員に1年の活動報告をする日だった。
イベントを仕切るのは会社に入社したばかりの新入社員。西野さんは「新入社員の子の勉強です。イベントを作るのはこれだけ大変だと知ってもらうために、資金繰り、集客、告知、内容も全部彼らに任せます」と話した。
この活動報告会は新型コロナウイルスの影響で急遽、ネット配信で行うことに。西野さんはこのことを逆手に取り、生配信を見るためのチケットを有料で発行するなど、売り上げをアップさせた。
しかしここで坂上に疑問が生まれる。坂上が「吉本興業に所属しているんだよね?」と尋ねると西野さんは頷きつつ、「吉本は(所属しながら会社作ることを)許してくれているんです。むちゃくちゃいい会社ですよ。こんなことを言う吉本芸人は僕だけかもしれないですけど。社長の謝罪が下手っていうくらいですかね」と笑った。
なぜ、テレビから離れたのか?絶頂期に西野さんに異変が…
キングコングは1999年にコンビを結成。本格的なテレビデビューを飾ったのは2001年放送開始の『はねるのトびら』だった。
関西から出てきたばかりの2人は当時まだ20代だったが、その存在は瞬く間に大きくなり、テレビ番組出演をきっかけに人気は急上昇。雑誌「JUNON」にもたびたび取り上げられるなど、アイドル的人気を博した。
4年後には『はねるのトびら』がゴールデンタイムに進出。視聴率は20%を超えることもあり、まさに絶好調だった。
しかしそんな中、西野さんにある異変が起きていたと相方の梶原さんは語る。
「ゴールデンに上がったときに僕らはまだ24、5歳。その半年後くらいから、西野は絵本を描き出したんです。僕は横で見てて『あれ?』と思いました。ちょっとザワッとしたんです。『何か未来あるの?』みたいなことも思ったり、『そんなんせんでええやん』とも思ったんです」