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なぜテレビを離れ別々の道を選んだのか? キングコング西野・梶原が語るそれぞれの夢

西野さんは「はねトび」がゴールデンに進出した25歳で早くも絵本の執筆をスタートしていた。その裏には、西野さんが感じた初めての挫折があったという。

 

「20歳で番組がスタートして、25歳でゴールデンに上がって、全国ネットになって。生活も良くなったし、ちやほやされるようになったんですけど、スターにはなっていない。何となく知られている認知タレントにはなったと自覚していたんですが、その山を登ってみたら結局、そこから見えた景色はタモリさんとかさんまさんとかたけしさんの背中で、そういった先輩を追い抜いていないし、追い抜ける気配もないと思って。これだけみこしに担がれて、下駄を履かせてもらって、追い風吹いているのに、ここで頭打ちしているのかと思ったら、もう終わったと思った」

自分の可能性に限界を感じた西野さんはある日、梶原さんとマネージャーを呼び出し、「このまま続けてもスターになれる気がしない」と突然、テレビからの引退を宣言したという。

そして絵本の執筆を始めるが、その裏には「タモリさん」の存在も大きかった。

「世界を巻き込んでもっと面白いことをしたいと思っていた時に、タモリさんに呼ばれて、2人で飲んでいたら『お前、絵を描け』みたいなことを言われて。(僕が絵がうまいかどうか知っていたか)怪しいところですけど、特に別にやることもないし、そこで絵本作家になろうと決めた」

 

こうして絵本を描き始めた西野さんは、28歳で初めての作品「Dr.インクの星空キネマ」を出版し、36歳で「えんとつ町のプペル」を発表。絵本としては異例の44万部を売り上げた。

 

間近で見ていた梶原さんは「年月が流れると番組も終わり、自分に向いている番組もない。横を見ると絵本で成功している相方がいる。ゾッとしますよね。“あんなときに準備してたんや”って思って。俺、何をしていたんやろ…ってなったんです」と振り返る。

そんな梶原さんも西野さんの後を追うように、YouTubeチャンネル「カジサックの部屋」を2018年に開設。現在のチャンネル登録者数は190万人を超え、今や収入1億円ともいわれる人気YouTuberになった。