昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

genre : エンタメ, 芸能

 2歳で子役としてデビューした安達は、1994年に12歳で主演を務めたドラマ「家なき子」(日本テレビ系)が最高視聴率37.2%を記録。「同情するなら金をくれ」は流行語大賞を受賞するなど社会現象となった。今ドラマで登場したDVDは、この「家なき子」をオマージュした演出だった。

 同作品がダビングされたDVDを安達は本棚で放置していた。すると、貫地谷しほり演じるDVDが家に現れ、なぜDVDを観ないのかと尋ね、煮え切らない安達に「同情するなら観ておくれ!」と土下座する。

「自信持てよ。過去なんてもう、どうでもいいんだよ」

ドラマ第1話、番組HPギャラリーより ©「捨ててよ、安達さん。」製作委員会

 すると安達は、神妙な表情で「ずっとあの作品の安達祐実だったの……。最近それからやっと解放されてきたんだよ。観ちゃったら私、また引っ張られるかもしれないし」と、DVDをこれまで一切見なかった本音とも取れる理由を口にした。

 続けてDVDに「あんたさ、何にビクビクしてんの。世間のイメージとか? 捨ててよ、安達さん! 私あんたのこと縛り付けたくてここにいるわけじゃないんだよ。自信持てよ。過去なんてもう、どうでもいいんだよ」と、背中を押される。DVDを観た安達は「私、いい芝居してんじゃん……」と涙ながらに語り、ずっと避けて来た自身と向き合うことができた。

 実際の安達も、ドラマ出演後「家なき子」の呪縛から逃れられず、20代まで低迷期があった。母であり、マネジャーとして国民的子役「安達祐実」を育てあげた安達有里氏が「文春オンライン」に、娘との半生を打ち明けた。

ドラマ「警視庁・捜査一課長」(テレビ朝日系)の撮影現場で。安達有里氏のブログより(2018年5月4日)

芸能界だけが人生ではないと伝えたかった

「祐実に話したことはありませんが、『彼女の辞めどきはいつなんだろう』とぼんやり思っていた時期がありました。『家なき子』が終わったあとはしばらくよかったのですが、20代の頃に仕事がしたくても思うようにできない状況があり、本人にとってもすごくストレスだったと思います。一生懸命やっている祐実の姿を見ながら、芸能界だけが人生ではなく、生きていく道はいくらでもあるということもわかってほしいと思っていました」

 ドラマでは「(「家なき子」から)ようやく解放された」と語った安達だが、当時マネジャーとして現場に帯同していた有里氏は「あの作品があったから今の安達祐実がある」と語る。