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イカを研究して博士になった私が、禁断の果実「タコ」を研究し始めたワケ

著者は語る 『タコの知性 その感覚と思考』(池田譲 著)

『タコの知性 その感覚と思考』(池田譲 著)朝日新書

〈平成の時代にイカで博士となった私が、令和の時代に「タコ語り」を行なう試みの書である〉と琉球大の池田譲教授は語る。

 このたび上梓した『タコの知性』を読めば、タコの“海の賢者”としての一面を知ることができるだろう。

「分類学でいうと、タコは軟体動物門頭足綱というグループに所属しています。同じグループにはイカもいますが、一般の方はタコもイカも大差ないと思われるかもしれませんね(笑)。

 私は大学院では恩師の勧めでスルメイカを研究し、その後もイカを扱うことが多かったのですが、頭足類を研究する以上、タコも研究しなければと思っていました。しかしタコについてはヨーロッパの伝統的な研究の蓄積があり、憧れと同時に、畏れ多くておいそれと手を出せないような勝手な印象を抱いていました。とりわけ、ナポリの臨海実験所で行われた、英国のJ・Z・ヤング教授を中心とする研究はマダコを麻酔下で手術し、脳の一部を切除して体に起こる変化を調べる外科的措置を使ったもの。非常にエレガントで、強烈なインパクトを受けました。私の中では長らく“禁断の果実”としてきたタコの学習研究ですが、のちに意外と小規模でアナログな手法で行えることがわかった。それならばと、沖縄のタコを対象に取り組むことにしたのです」

 タコは立派な眼と巨大な脳、8本の腕を持ち、高度な「学習」をやってのける。本書では、最新研究だけでなく、池田教授の研究室で取り組まれている研究を多数紹介しながら、タコの驚くべき知的側面、感覚世界などに迫る。

「鏡像自己認知は鏡を見たとき、そこに映っているのが自分だとわかる能力。ヒト以外でこの能力を示すのはチンパンジーやオランウータンなど類人猿の一部とされてきましたが、2000年頃からゾウやイルカの鏡像自己認知が報告され始めた。そもそも鏡像自己認知は社会認知というカテゴリーに分類される能力で、社会性に関係しています。

 このあたりから飛躍するのですが、霊長類の脳は複雑な社会環境に適応して大型化し、それが高度な知性を生み出したという社会脳仮説があり、それを頭足類にも当てはめられないかと思いました。群れを作るイカは社会性ゆえに巨大脳になったのではないか、と。一方、タコも脳が大きく、知的な行動をとりますが、研究者の間でも群れを作らない単独性とされてきました。しかし、それでは社会性が脳を発達させた、という仮説が成り立ちません。これはどうしたものかと考えていました」

池田譲さん

 ところが、沖縄の海には社会性を想起させるタコが生息していることがわかってきた。従来、単独性とされてきたタコにも社会性があるのではないか、という見方も出始めているそうだ。

「沖縄に生息するソデフリダコは、同種同士でピッタリとくっつきあい、とても仲がよさそうに見えるんです。オーストラリアのシドニー沿岸で発見されたシドニーダコが同じエリアに高密度で暮らしている様子も報告されましたね。日本でも邦訳が話題になった『タコの心身問題』の著者であるゴドフリー=スミス博士は、そのエリアに『オクトポリス』と洒落た名前をつけています。考えてみれば、ヤング学派の研究の多くは、地中海産のマダコを対象に行われていました。世界の海に暮らすタコは250種ほどいるため、その行動に違いが見られる可能性がある。タコのイメージは今、変化しつつあるのです」

いけだゆずる/1964年、大阪府生まれ。北海道大学大学院水産学研究科博士課程修了。2005年から琉球大学理学部教授。頭足類の社会性とコミュニケーション、自然史、飼育学を研究。著書に『イカの心を探る 知の世界に生きる海の霊長類』などがある。

タコの知性 その感覚と思考 (朝日新書)

池田 譲

朝日新聞出版

2020年4月13日 発売

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