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 28歳の夏――。

 面接に出かけた東京・神保町の雑居ビルには、1階に格闘技やオカルトのマニア本を専門とする古本屋があった。エレベーターで7階に上がると編集部の様子はごく普通で、極めてマニアックな暴力団専門誌を作っている編集部にはみえなかった。

応接室に飾られる数々の代紋

 応接セットのソファーで寝ていた社長は、来訪すると髪をかきむしり、寝ぼけまなこで仕事内容を説明した。暴力団を取材していることを知らずに面接に来る人間もいるらしく、「取材するのはヤクザだけど大丈夫?」と何度も訊かれた。壁には数々の代紋が額装され、飾られていた。〈ヤクザの組ってのはこんなにたくさんあるのか……〉

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 凝った意匠の代紋に感心していると、「我々はあくまで取材しているだけで、ヤクザじゃないから安心して」と力説された。
「とにかく、ちゃんとやっていれば危険なことはなにもないから」
「分かりました」

 私の推測――ライバルは少ないだろうという目論見はここでも正解だった。顔面蒼白になって帰っていく人間もいるようで、後々採用決定の電話をしても断られるという。私はその場で採用が決まった。ただしカメラマンの募集はなく、編集部員としての採用だ。未経験だがなんとかなるだろう。適当に写真をとってすぐ辞めればいい。そう思っていた。

ヤクザ用語の基礎知識

「こんな雑誌など誰が読むのか?」と感じた『実話時代』そして『実話時代BULL』だが、改めて読むと面白かった。そのとき、もう10年近く同じネタを使い回していたのだが、ヤクザなど見たこともなければ話したこともない私には、どの記事も新鮮だった。毎日、編集部でバックナンバーを読み漁った。裏社会と呼ばれるエリアがこれほど身近にあると知って興奮した。

©iStock.com

 私は完全に素人だった。たとえば“ヤクザ”なのか“やくざ“なのかさえ悩んでしまう。外来語ではないから、ひらがなで書くのが正しいのだろう。実際、古参の書き手はこだわりがあるようで、“やくざ”と書いていた。編集部では単に読みやすいという理由で、カタカナ表記がデフォルトだ。フリーとなってからもそれを踏襲しているが、今はほとんど暴力団と表記するようになっている。一般誌でヤクザという言葉はほとんど使えない。

 一本立ちしてから編集部のマニュアルを変えた部分もある。そのひとつが暴力団のすべてを“組員”と呼ぶ慣習だ。暴力団組織には様々な名称がある。山口組のように“組”を使っているのは、明治以降、政府の主導で土建業への転身がすすめられたときの名残で、古い博徒は“一家“を使うところが多い。広域団体は“会“が一般的だ。