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2020/06/07

ビデオを手本に襲名盃をするヤクザ

 実際に取材して、本来、破門に黒字も赤字もないことがわかった。組織の一部が勝手な見解をつくりあげ、それが全国に広まったのだ。ヤクザ社会の掟や慣習の多くは明確な定義を持たない。襲名式では媒酌人が「古式に則って」と口上を述べるが、厳密にみるとほぼ古式に則ってない。『実話ドキュメント』が作った襲名盃のやり方を解説した3万円ほどのビデオが大ヒットしたのは、それを観ながら盃事を行っている組織がたくさんあるからだ。マスコミから還流した知識が、ヤクザ社会の常識として定着した例は存外多い。

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 慣例でも、筋とよばれる原理原則でも、それを決めるのは暴力だ。強い組織の言い分がスタンダードであり常識となる。今後、青字破門やピンク字破門ができる可能性だって否定できない。

 絶縁になって、その後、復帰する組員だっている。

「うちは破門より絶縁が軽いんだよ」

 当事者組織の幹部は自嘲気味に笑うが、ウルトラC的解釈がまかり通るのは力がある証拠だ。他団体から冷ややかな視線を送られるとはいっても、自分たちさえよければ、どんな解釈だって成り立つ。それに異を唱えるなら暴力的衝突しかないが、その程度で暴力を使うわけにもいかない。

 偽装破門・絶縁も増えた。世間を騒がす事件が露呈すると、日付をさかのぼって破門・絶縁状を作成、「あんな極悪人はうちの組員ではない」と、すっとぼけるのだ。もちろんほとぼりが冷めた頃に復帰する。

 暴力団がパソコンとプリンターを使って偽1万円札を作って大量検挙されたとき、方々から「新聞社にこの絶縁状を持っていって、こいつらは組織と関係ねぇと説明してくれないか」と陳情された。

「最善を尽くします」

 と答えて手渡されたそれらは、すべて私のコレクションとして保管された。

フィクショナルな実録小説の世界

 編集部で教わったことで最も感心したのは実録小説の解釈だった。現実の暴力団を題材にした小説のことで、実在の組織名や個人名が使われる。フィクションではないから、抗争の描写でも相手側の立場を考えなくてはならない。主人公にとっては見せ場であっても、やり込められる相手にとっては屈辱の歴史なのだ。

 そのため、どうしても実録には虚偽が混じる。それを編集部では「実が6割の小説」と評していた。客観的に見れば実2くらいが関の山で、事実が6割という数字は驚異的にリアルだ。視点が違えば真実はそれぞれ違う、などという高尚な話ではない。ヤクザたちを聖人君子に仕立て上げるために、エピソードそのものをでっち上げる。見せ場となる喧嘩のシーンなど、ほぼ創作だった。負ける相手がこの世に存在してはならないからだ。