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「コラーゲンの美容効果の人気が出てきている」

「すっぽんは男の滋養強壮剤のイメージが強かったけれど、もう男臭い料理じゃなくなってるね。だんだんコラーゲンの美容効果の人気が出てきている。10年ほど前、すっぽんを煮て作ったスープを店で売ってたことがあるんだけどさ、作ってると手の肌がぬるぬるてかてかになってくるんだよ。オレ乾燥肌なのに」

 三ケ野さんのすっぽん捌きは秒単位だ。水槽に手を入れて甲羅の脇をつかみ、まな板の上にのせるとすかさず、にゅーっと突き出た細長い首に包丁を当ててトンと落とす。ちょっと気の毒なほどあっさりと首は離れるのだが、このときばかりは集中力がいるという。

「嚙まれないようにしないとね。すっぽんの歯は三角形の一枚刃だから、食いつかれると指に穴が空いちゃう。うん、昔は何度かありましたよ、嚙まれたこと」

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 頭のなくなった丸い甲羅の周囲に沿って包丁の切っ先を刺しこみ、くるっとひっくり返し、腹側を押し上げて外す。甲羅にくっついている肉を削ぎ取って切り分けるのだが、とにかく包丁の動きがすばやい。ツメを取る、内臓を外す、卵をしごき出す、エンペラを切り取る、小刀で食道を外す、苦玉(胆嚢)を潰さないように注意しながら廃棄する……すっぽんの構造を指が理解し尽くしていればこその超スピードだ。

「5ヶ所ほどで甲羅にくっついているから、身離れはいいんです。いや、本気出したらもっと速いよ」

©鈴木七絵/文藝春秋

「育て方でずいぶん変わるよ、すっぽんは」

 外した甲羅を受け皿にして卵を集め、これも大事な売り物だからむだにはしない。すっぽん一枚の重さは、だいたい800グラムから1・2キロ。相場は1キロ3800円前後。

 捌いていると、立ち寄った常連客から声が掛かる。

「10本もらえます?」

「わるいねー、いまちょっと間に合わないね」

 口は動かしても手は止めない。さっきまで水槽のなかでのんびりしていたすっぽんがみるみる減って肉に変わってゆくさまを見ながら、あれ、と思う。すっぽんは魚臭くもなく、内臓も少ないからなまなましさも薄く、想像していたよりも淡々とした解体風景である。ただ、産地によって肉の締まり方や脂の色がかなり違う。ねっとりと黄色い脂肪もあれば、薄クリーム色の脂肪もあるし、筋肉質の締まった肉もあれば、ぷよっと水っぽい肉もある。外から見るとどれもおなじすっぽんに映って見分けがつかないけれど、甲羅を開けてみれば、顔つきがかなり違うことに驚く。

「環境次第だね。すっぽんは餌と水。過密な状態にさせずに、水質のいい環境で育てないと脂が臭いの。育て方でずいぶん変わるよ、すっぽんは」