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「池の環境をきちんと作らなければ、いいすっぽんは育ちません」

「まず池の環境をきちんと作らなければ、いいすっぽんは育ちません。夏場になると、私たちがアズキモチと呼んでいる水草が池の表面に繁茂するのですが、少しでも気を抜くと、あっというまに水面が緑一色になってしまう。アズキモチは、すくってもすくっても繁るので、ひと夏に何度も従業員が網を持って池に入り、風向きを計算しながらアズキモチを取り除きます。長靴のなかに汗が溜まる重労働です」

服部征二さん ©鈴木七絵/文藝春秋

 炎天下、男たちがゴム引きの装具を身につけ、いっせいに池のなかに入って網を動かす光景を思い描いた。昔は20人ほどが集まって作業していたけれど、現在は20代から70代までの男性たち6、7人がおこなう。

「愛情と興味がないとできませんよ」

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「うちのすっぽんは、養殖なのに旬がある」

 池の水質をきれいに保つのは、もちろんすっぽんの健康を思えばこそだ。池の水は、天竜川の用水。除草剤などの薬は一切使わず、ひたすら人力と知恵を駆使して昔ながらの素朴な飼育法をむねとする。肉質のよさを左右する餌は、白身魚をはじめ、たんぱく質を中心に工夫を重ねて配合したもので「そこは企業秘密です」。池の容量とすっぽんの数のバランスにも要諦があり、過密を避けなければならない。それぞれの池には番号がついており、管理しやすいよう、同じ生育期間のすっぽんごとに分けているのだという。一定期間がきたら、ポンプで池の水を吸い上げて池の場所を替えてすっぽんを移動させ、水質や土質を保つのも重要な仕事だ。そのさいも、全員が水を抜いた沼地に入り、何度も池のなかを往復しながら土中のすっぽんを1匹ずつ拾い上げて魚籠に移してゆく。このとき、病気を患っていないか、風邪をひいていないか、怪我していないか、1匹ずつ目で確認するというから、なるほど「愛情と興味がなければできない仕事」に違いない。親どうぜんの気持ちがあればこその「露地養殖」なのだった。

©鈴木七絵/文藝春秋

「池にお札が潜っていると思わないといけないんですよ、いやほんとに」

 服部さんが真剣な表情で言うのだが、その言葉は、市場最高値1キロ6000円の値段がつく責任感のあらわれでもあるだろう。

 服部さんには自負がある。

「うちのすっぽんは、養殖なのに旬がある」

(『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』第9章より一部抜粋)

平松洋子(ひらまつ・ようこ)

エッセイスト。岡山県倉敷市生まれ。東京女子大学文理学部社会学科卒業。食文化と暮らしをテーマに執筆活動を行う。『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞を受賞。他の著書に『夜中にジャムを煮る』『平松洋子の台所』『アジア おいしい話』『おとなの味』『サンドウィッチは銀座で』『ステーキを下町で』『なつかしいひと』『小鳥来る日』『食べる私』『彼女の家出』『日本のすごい味』『忘れない味』(編著)『そばですよ』など。近著に『すき焼きを浅草で』。

肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行

平松 洋子

文藝春秋

2020年7月16日 発売