文春オンライン

美容効果で大人気の“すっぽん”はどうやって生まれているのか

「男性の前で『すっぽんが食べたい』と言いにくかった」時代から一転して……

2020/07/18
note

一大ブランド「服部中村養鼈場」

 浜松で東海道線に乗り換え、JR舞阪駅で下りる。まっ青な冬空にまっすぐ、2本の飛行機雲。空気はぴりっと冷えていても陽射しがほんのりと温かく、いかにも静岡らしい。すぐ近くの浜名湖は泣く子も黙る鰻の一大養殖場だが、この浜松市舞阪がすっぽんの聖地だということは意外に知られていない。

©鈴木七絵/文藝春秋

 明治33年、江戸深川の川魚商、服部倉治郎(1853~1920)が当地に造成した「服部中村養鼈場」(創業明治12年)は、日本初のすっぽんの養殖場である。川魚商として鰻、鯉、鮒などをあつかってきた倉治郎がすっぽんの飼育研究に乗りだし、その場所として温暖な気候で交通の便のいい舞阪に白羽の矢を立て、地元の協力を得て土地を購入したことが、日本におけるすっぽんの養殖の幕開けになった。以来、「服部中村養鼈場」が独自のやり方で育てるすっぽんは日本一の高名をとり、京都のすっぽん料理の老舗「大市」を筆頭に、名だたる料理屋の信頼を集め続けてきた。「服部中村養鼈場」のすっぽんは、すでにそれ自体が一大ブランドである。

 どんなふうに育てられれば、名にし負うすっぽんになるのだろう。その理由を知りたくて、2016年12月、舞阪を訪れた。

ADVERTISEMENT

「すっぽんに対する愛情と興味がなければ、とてもできません」

 敷地に足を踏み入れると、しいんと静まり返って音のひとつも聞こえてこない。約1万坪、60面ほどの池が点在していると聞いて、こんなに広いのにやっぱり奇妙な静寂だなと思う。一面ごとの池の奥底に500~800匹ずつ、無数のすっぽんが土中に潜りこんで冬眠中。ひたすらな静けさは眠りの深さを表しているのかと思うと、時間が止まるような不思議な感覚に襲われる。気温15度を下回ると暗い土中に潜りこみ、春が訪れるまでひたすら長い眠りにつく黒い群れ。夢幻の領域に引きずりこまれてしまいそうだ。

©鈴木七絵/文藝春秋

 いっぽう、「服部中村養鼈場」でなされている手間と時間のかけようは意表を突かれるものだった。ここでおこなわれているのは、すっぽんが孵化してからゆっくり3、4年の歳月をかける「露地養殖」。太陽も風も雨も、つまり、舞阪の自然環境をそのまま生かしながらすっぽんの成長に寄り添う独自の方法である。

「どこまで手間をかけられるか、なんです。すっぽんに対する愛情と興味がなければ、とてもできません。しかも、相手は何十万匹です」

 服部征二さんの口調に実感がこもる。服部さんは、7年前、父が引き継いできた代々の養殖方法を守ろうという覚悟を抱いて「服部中村養鼈場」の五代目を担った。