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特集観る将棋、読む将棋

2020/06/27

屋敷 対局の日に、食事をとりながらテレビを見ることはありました。時計代わりになりますしね。『笑っていいとも!』の内容までは覚えてないですけど。いつものような感じでやっていたんじゃないですか。「そうですねー」「今日も暑いですね」「そうですねー」って(笑)。いまは対局中にテレビを見ることはほとんどないです。あのときは難しい局面だったので、ふと思い浮かんだのでしょう。

“18歳6カ月”でタイトル 実感はいつ湧いた?

――第4局(7月17日・兵庫県有馬温泉)に勝ち、前期に続いてフルセットになります。最終局は8月1日に新潟県岩室温泉で行われました。前期の最終局と同様に、タイトルを獲りにいくと気合を入れなかったんですか?

屋敷 ええ。最終局も苦しい展開でしたし、中原先生の力を感じていました。崩れないように耐えていたら、中原先生が2、3通りあるなかでいちばん派手な手をやってこられて、こっちに勝負手があったという感じです。それがたまたまうまくいきました。

――中原棋聖を破り、初タイトル獲得です。18歳6カ月14日のタイトル獲得は史上最年少で、前年12月に羽生善治竜王が作った記録・19歳3カ月0日を更新しています。大棋士からタイトルを奪取し、どういう感想を持ちましたか。

 

屋敷 自分でも信じられない気持ちでした。でも結果は勝ちましたけど、力は届いていないです。

――勝っても、ですか。

屋敷 シリーズを通して、中原先生の読みや構想力、指し回しが勉強になりました。中原先生はとにかく大きいんです。どうしても目先の利益、駒得や玉の堅さにとらわれてしまうんですけど、中原先生の将棋はそれがなくて、先を見据えて全体の指し回しを組み立てていますから。

――タイトルを獲った実感は、どんなときに湧きましたか?

屋敷 取材がかなり入ってきて、段々と実感していきましたかね。席次が違ってきますし、特別対局室の最上座で指すことが増えました。戸惑いもありましたけど。

賞金の使い道は?

――取材は大変でしたか。

屋敷 テレビもありましたけど、専門誌以外の一般雑誌が結構来ましたかね。いまの藤井聡太さんの何十分の一ぐらいでしょうけど(笑)。それで、結構なことをやってしまったのかなと思いました。経験がなかったので、考えることはありましたね。

©山元茂樹/文藝春秋

――対局とのバランスも大変でしたか?

屋敷 ええ、調整は難しかったです。対局はトップ棋士との戦いが増えますし、負けることが多くなりますから。

――賞金はどうされました? 自分のご褒美とか買われたんでしょうか。

屋敷 いやぁ、特に……。貯金? そうですね。

「お化け屋敷」神格化されて難しかった

――10代の奨励会員同士だと、当時はゲームセンターで遊んだり、ファミレスでよく話したそうですね。屋敷九段は先にプロ入りし、しかも18歳で棋聖になったので、同世代とはかなり立場が違います。一緒に遊びにくかったですか。