そんな彼のニックネームは「きゅん」「とよぴー」「とよしー」等、永瀬叡王と比べるとかなり可愛らしい。それは豊島竜王・名人の童顔がその原因であるだろう。びっくりするくらいまったく年を取らない人なのである。彼が30歳の誕生日を迎えた時、多くのファンがその衝撃と時間経過の速さに膝から崩れ落ちたほどだ。
「アクシデント王」の異名も持っていて、対局相手が遅刻して不戦勝となったり、タイトル戦の真っ最中にホテルの避難訓練がはじまってしまったり、盤上にアイスコーヒーがぶちまけられてしまったりと不幸な話題が多い。
そんな不幸属性持ちのクールな童顔が時折見せる笑顔はどこか小動物的で、自分の呼び名について「お手柔らかにとは思いますけど……」と言いつつも「楽しんでいただけたら」とその笑顔で答えたという。なるほどファンがそう呼びたくなる気持ちもわかるというものだ。
人間とAI、努力と天才、軍曹と小動物――まるで漫画のキャラクターのように対照的だ。一方で共通点もある。叡王戦の前身である「将棋電王戦」で将棋ソフトを相手に勝利を挙げた数少ない棋士なのだ。それほどまでの力を持ちながらも、羽生世代の厚い壁に長年タイトル獲得を阻まれてきた。しかし、今は互いに二冠を保持するトップ棋士。
まさにこの叡王戦は、やっと訪れた春の中行われる新世代の戦いと言えるだろう。
大量の食事を注文――永瀬流の勝負術
さてタイトル戦のお楽しみといえばご当地の食事、俗にいう「将棋めし」だ。
対局者の注文から局面や意気込みや精神面を推測する、観る将棋ファンにはおなじみのコンテンツでもある。
特に永瀬叡王は前期の食事注文で視聴者のド肝を抜いた前歴がある。台北で行われた第1局では、「食事を大量に注文する」という盤外戦術を見せたのだ。永瀬叡王はもともと食事については小食で、サイドメニューを大量に摂る傾向があった。バナナがその一例である。これはつまり、当時叡王であった高見泰地七段が自他ともに認める「プロの観る将」、つまり将棋界の動きやファンの声に誰よりも敏感であることを逆手に取った作戦であると考えられていた。
その意外な注文に驚いたのはファンだけではないだろう。自分の保持するタイトルで話題を挑戦者にさらわれた高見七段は、自身の良さを発揮できないままストレートでタイトルを奪取されてしまった。当然食事が直接的な敗因ではないが、彼の動揺が永瀬叡王に対抗するような食事注文にも表れていたのは明らかで、「これが永瀬流の勝負術か」と感心するとともに恐怖を覚えた。
そんなエピソードを持つ叡王戦、今回は一体どんな注文がなされるのか……? ちょっとした緊張感が漂う。
正統派なメニューの選択に「意外だな」
だが実際に注文されたのは、両対局者ともに静岡の名産、うな丼であった。
豊島竜王・名人はサラダの追加注文という変化があるものの、ごく正統派なメニューの選択にほっと胸を撫でおろす反面、「意外だな」というのが率直な感想だった。