豊島竜王・名人についてはタイトル戦でうなぎを注文することは何度かあったし、インタビューでは「訪れた土地の名産を食べています」と語っていたこともある。採用時の勝率が高いことで有名なカツカレーが選択肢にあったものの、多忙を極めている身であるし、激しい戦いになることを見据えてうな丼で精をつけようという注文には「なるほど」と素直に頷ける。
しかし永瀬叡王はどうだろうか? もともとうなぎの採用率は高かったものの、前期叡王戦で好きになったという海鮮丼の選択肢もあっただろう。なにより前回のような相手を惑わす二手指しではない。
ここから永瀬叡王について深読みしてみよう。
前期叡王戦での食事をめぐる心理戦は、かつて大山康晴十五世名人が「局面がいいと食欲が出てくる」と語り、自身のキャラクターを作り上げ振舞うことで対局相手に盤外から圧力をかけていたのではないか……という話を想起させた。しかし、今回はそれをしなかった。つまり、永瀬叡王は豊島竜王・名人に対してそういった揺さぶりが効かない相手であるという判断をしたのだろう。ならば盤外に意識を向けるよりは平常心で対局に臨むほうが良い。徹底して勝負に辛い将棋軍曹の判断は、果たして凶と出るか吉と出るか……。
天体までもが叡王戦に絡んでくる
そんな深読みのはかどる昼食休憩が明け、対局が再開。午前中のスピードが嘘のようにゆっくりと手が進んでいく。
攻めたり受けたりでどんどん盛り上がってくる先手陣に対し、後手は徹底して受けに回り「攻めてこい」と誘う。しかし、そうしているうちに局面は永瀬叡王の駒が五段目まで盛り上がり、豊島竜王・名人の駒を圧迫しているように見えていた。
ちょうどそのころ、世間では部分日食が話題になっていた。太陽の前を月が横切り、光を遮る。台湾では金環日食が観測されたという。
――対局開始前、主催社のドワンゴ関係者がこっそり教えてくれたことがある。
「叡王戦の裏テーマは月なんです。月下推敲というか、人間の叡智をイメージして……」
そのため叡王戦には月をモチーフにしたデザインがこっそりちりばめられているという。まさかここで天体までもが叡王戦に絡んでくるとは……。ならばこの対照的な二人を、永瀬叡王を「月」、豊島竜王・名人を「太陽」に喩えることができるだろう。
月の叡王は、太陽たる竜王・名人を盤上で見事喰らうことができるだろうか。
局面は永瀬叡王の▲1五歩を合図にいよいよ戦いが始まった。が、ここで夕食休憩の時間となった。太陽を喰らいつくすにはまず体力が必要だ。本格的な戦いの前にめしは不可欠である。
夕食は豪華な「将棋ミニ会席」
夕食は初めから「将棋ミニ会席」と決まっていた。会席は旅館を象徴する食事である。写真撮影用に並べられた料理に関係者一同は「おおっ」と声を上げた。
なんとも華やかである。旬の食材、地元の名産、そして海の幸をふんだんに使った豪華な料理がずらりと並ぶ。「ミニって何だったかな?」と考えてしまうほどのフルコースぶりだ。