永瀬叡王の千日手指し直し局の勝率が高い理由
21時30分以降に千日手が成立すると指し直しは後日改めて……ということになる可能性が高いそうだ。逆に言えば29分までに千日手になれば「もう一局!」という恐ろしい事態もあるということだ。豊島将之竜王・名人としても、せっかく拾った先手番、決めきりたいところだろう。
ちなみに永瀬叡王の千日手指し直し局の勝率は、2020年6月21日時点で29勝7敗と異常に高い。理由は簡単で、「勝つまでやり直す」のが彼の千日手なのだ。それが格上の人間だろうが、テレビ棋戦だろうが一切構わない。その勝負理論こそが永瀬叡王の核だ。
とはいえ、千日手は相手も了承しなくては成立しない。相手が千日手を無理に打開しようとすれば、自分が有利になるような局面にしたいところだ。
ここでの叡王の狙いはただひとつ。フィッシャールールと見まがう速度でぱたぱたと手が進んでいく。
あっという間に千日手の選択を迫られる局面となった。
ここで▲5四同歩と応じれば千日手の筋は消えるが、若干形勢が後手に振れるという。しかし▲4八金と千日手に向かっても負けではないし、後日指し直しになる可能性が高いため、体力回復を図っての再戦を望むのであればここで受け入れるのも手だ。
踏み込むか、甘んじて受け入れるか。すべての観戦者たちが固唾をのんで見守るなか、挑戦者が下した決断は▲5四同歩だった。「勇者だ!」と声が上がる。
「知ってましたよ」と言わんばかりの速さで叡王が対応する。予想の範囲内だったのだろう。
竜王・名人の静かな「怒り」
千日手の筋を回避されてもまだ後手に分がある。豊島竜王・名人が何を見込んで踏み込んだのか、想像がつかないまま見守っていると、豊島竜王・名人は静かに後手陣へ▲2二角と打ち込んだ。ちょっと驚くような踏み込みだ。
金が寄られると角が助からなくなる。大駒を失ってはもう勝ち目はなくなってしまうだろう。にもかかわらず打ち込んだのだ。
「なんか……怒ってませんか? 竜王・名人……」
ニコニコ生放送のバーチャル大盤解説に出演していた中村太地七段が呟く。
プロ棋士が感じ取ることのできた静かな「怒り」――。怒りを孕んだ決死の勝負手は果たしてどんな模様を描くのか?
永瀬叡王はすぐに▲4二金とにじり寄り、角を殺しにかかる。永瀬叡王の本来の棋風は徹底的に受け潰す「根絶やし流」。竜王・名人の攻め込みを咎めに行った。