昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

脱サラして開業32年 西新橋のそば屋、業界関係者がノウハウを知りたがる名店とは

2020/07/07

 7月に入り、新型コロナ新規感染者数は連日100人を突破している。再び、緊急事態宣言が発動されて身動きできないのも辛いし、かといって、自由だけれども感染者数爆発というのもやめてもらいたい。感染者ゼロが1週間続いてから緊急事態宣言を解除してほしかった。

 新橋・虎ノ門・御成門界隈の大衆そば、立ち食いそば屋はその後どうなっているのだろうか。

 ニュー新橋ビルにある「丹波屋」も4~5月頃には営業を自粛していたそうだが、今は再開している。虎ノ門の「峠そば」も同様に再開したようだが、近隣では在宅勤務が多いせいか、お客さんはまだまだだそうである。

 7月3日、仕事で西新橋に行く用事があり、そのついでに、御成門駅近くの「そば作」を訪ねてみた。実に半年ぶりの訪問である。

 御成門駅A4出口の階段を上がると東京タワーが梅雨空に浮かんで見えた。愛宕警察署を左折して、歩いていくとすぐの愛宕警察署北の交差点近くで「そば作」は営業している。

梅雨空の御成門駅界隈、東京タワーが浮かぶようにみえる
かつては新橋5丁目にも店があったが、いまはこちらだけ

6月に入って客足は「約7割に回復」

 午後2時過ぎに入店すると、店内は先客が2人ほど。店主の前田浩男さんが、笑顔で迎えてくれた。でもよくみると、いかついフェイスシールドできっちり防御態勢を施した姿で、少し驚いた。

午後2時過ぎ、お店は密ではなくゆったり、カウンターにもビニールシートがある
店主の前田浩男さんはフェイスシールドで万全態勢

 前田さんによると、コロナ禍はとにかく過去にない出来事で途方にくれたという。

 2月まではそれほど影響はなかったそうだが、3月になると客数が激減し、その頃からフェイスシールドをつけて営業していたそうだ。その後、店は4/13から5/17まで約1カ月間、営業を自粛。

 再開しても、お客さんの入りは、3割程度に落ち込んでいたという。6月後半になってやや持ち直してきて、いまは7割になるかどうかというところ。

「7月に入って、また100人を超えて増えてきてるでしょ。先が思いやられますね」

 と前田さんは伏し目がちにつぶやいた。

脱サラして昭和63年に開業

「そば作」はちゃきちゃきの江戸っ子の前田さんが脱サラして、昭和63(1988)年に開業した立ち食いそば屋である。生麺茹でたてを売りにした「小諸そば」が創業したのが昭和49年である。その頃、前田さんも食べて感心した記憶があるという。自分も茹でたての立ち食いそば屋をやりたいと思うようになり、丸の内のそば屋で修業し、いまの「そば作スタイル」、すなわち更科系の細麺とつゆを完成させたという。