『カビの取扱説明書』(浜田信夫 著)KADOKAWA

 第三章「思わぬところに生えるカビ」まで読み進んだところで読書を中断し、即行ネットでスマホカバーをポチッた。本書を読むまで、まさかスマホカバーがカビの温床だなんて思ってもみなかった。折しも季節は梅雨……3年前に付けて以来一度もカバーを外してない私としては、新品に買い替える選択をした。

 ただし、本書はむやみやたらと恐怖心を煽る高圧的な本ではない。前述のスマホカバーも放置しすぎたと反省して買い替えただけで、著者はきちんとスマホカバーのカビに健康被害はないと結論づけている。身近に存在するカビのことを正しく知ってほしいという、情熱でもって書かれたとても面白い本である。

『カビの取扱説明書』の著者の浜田信夫は、長年に渡ってカビの研究に取り組み、住宅、エアコン、洗濯機など住環境のカビの生態を解明した農学博士だ。

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 著者の得意分野は家電のカビ研究。本書では2019年の普及率が約30%にも達し、一般家庭に普及しつつある昨今人気の“食洗機”のカビに詳しく、また情報として目新しい。

 なぜ高温、乾燥する食洗機にカビが? と不思議だが、洗剤に配合されている界面活性剤を栄養にできるカビが存在するという。著者の実験によるとカビ汚染は、食洗機の型式で大きく異なるというから、購入を検討中のかたは必読だ。

 本書の「はじめに」を読むと、生物学では微生物に分類される菌類と細菌、今話題のコロナなどのウイルス、この3種の細胞は大きさがまったく異なり、各々10μm(ミクロン)、1μm、0.1μmとちょうど一桁ずつ違うことが、図解付きでわかりやすく解説してあり、私のようなど素人にも基礎が解りやすい。

 そして本書のテーマであるカビは、菌類に属する。じつはカビと酵母の区別はあいまいで、分類学的にはカビと酵母は一体なのだという記述に驚いた。

 職業柄、一番興味を惹かれた第一章「食べるカビが大ブーム」では、近年の世界的な発酵食ブームに言及している。発酵食は免疫力が高まる効果が期待でき、保存が利き、何より旨味が増すという点で“一石三鳥”な食品だ。発酵は微生物の酵素による分解作用だが、「熟成肉」などでお馴染みの熟成は、主に食材自体に含まれる酵素の分解作用でアミノ酸が増しておいしくなることだという。

 また、著者はあくまでもヒトの都合だがと断わりを入れた上で、菌類の中には善玉と悪玉があり、悪玉菌の代表がカビで、善玉菌の代表が酵母だと解説している。確かに世界でもっともヒトに役立つ菌類は、醸造や製パンなどあらゆる発酵に使われる酵母だ。酵母をカビだと認識しているヒトは少ないが、微生物学的に発酵と腐敗の区別はないという。なるほどカビはヒトの善悪を超えた興味が尽きない存在だ。

はまだのぶお/1952年、愛知県生まれ。農学博士。京都大学大学院博士課程修了。大阪市立環境科学研究所勤務ののち、同市立自然史博物館外来研究員。著書に『カビはすごい!』など。
 

ふくだりか/福岡県生まれ。菓子研究家。武蔵野美術大学卒。著書に『まんがキッチン』、『R先生のおやつ』(共著)など。

カビの取扱説明書

浜田 信夫

KADOKAWA

2020年6月12日 発売