挫折の痕跡がその演技を深める俳優・柳楽優弥
柳楽優弥もまた、10代の頃から平和の中の影を背負って育った俳優だ。わずか14歳で、それもほとんど人生で初めて出演した是枝裕和監督の映画『誰も知らない』は、カンヌ国際映画祭で彼を日本人初の、しかも当時の歴史上最年少での男優賞受賞に導いた。
だがあまりに突然の、そして破格の栄光は、まだ10代の少年の俳優人生に濃い影を落とした。安定剤を過剰に服用し、救急車で運ばれたこともある。芝居から離れ、飲食店や洗車のアルバイトをしていたこともある。
そうした場所から柳楽優弥はもう一度演技の場に戻ってきた。今でも彼の演技には人間の心の深い屈折、挫折の痕跡がある。そしてそれは顔についた見えない傷痕のように、彼の演技を深めている。
『ディストラクション・ベイビーズ』などの作品で再び俳優としての脚光を浴びた後、月川翔監督の『響ーHIBIKIー』で柳楽優弥が演じた新人作家・田中康平の役を僕はよく覚えている。肥大したプライドを天才少女に粉砕されることで憑き物が落ちたように再び自由に、生き生きと歩き始める文学青年の役を、柳楽優弥は大きなプレッシャーを抱えた若い主演女優平手友梨奈のために、同時に自分自身も心から楽しんで演じているように見えた。
世界中の映画・演劇に戦争と同等かそれ以上の壊滅的な被害を与えた新型感染症は、生身の人間が物語を演じることのリスクを人々に思い知らせた。だが同時に僕が思うのは、その生きた人間が背負うリスクこそが実写作品の意義でありアドバンテージなのではないかということだ。
どんなに演出と脚本が技巧を重ね、俳優が劇中の人物像をリアルに構築して演じたとしても、その虚構の完成度とは別に、実写作品は「それを演じている俳優たちを撮影したドキュメンタリーフィルムでもある」という二重の意味を逃れられない。