1ページ目から読む
2/6ページ目

〈教育委員会は大ウソ付き。いじめた人を守って嘘ばかりつかせる〉

 辰乃輔さんは、小学校時代を含めると、6回の自殺企図・自傷行為をしている。

「中学生の頃は、必死でした。『また自殺企図をしないか?』と目を光らせていました。辰乃輔は不安定でしたが、食事ができているときは落ち着いていましたので、バロメーターになっていました。また、10歳差の弟を、よく面倒を見ていました。特にお風呂に入れる役目をしていました。『何かあったら、俺に言え。大事な弟なんだから』『自分がされて嫌なことはしてはいけないんだぞ』などと言っている声が聞こえていました。とにかく、辰乃輔らしさが死なないようにと思っていました」

 亡くなる2日前の9月6日付けで、辰乃輔さんは、遺書とも受け止められるメモをこうノートに書いていた。

ADVERTISEMENT

〈教育委員会は、大ウソつき。いじめた人を守って嘘ばかりつかせる。いじめられたぼくがなぜこんなにもくるしまなきゃいけない。ぼくは、なんのためにいきているのか分からなくなった。ぼくをいじめた人は守ってて、いじめられたぼくは、誰にも守ってくれない。くるしいしい、くるしい、くるしい、つらい、つらい、くるしい、つらい、ぼくの味方は家族だけ〉

辰乃輔さんの遺したノートより ©渋井哲也

「手紙を渡しても何の解決もならないと本人が言っていました」

 辰乃輔さんは小学生のときも、所属していた地域の野球クラブチームでいじめを受けていた。6年生のときにも自宅で自殺未遂をしている。当時のいじめは、現時点では未解決部分が多くある。中学の入学時には、いじめのことを伝えたために、学校はクラス編成で考慮していた。

 入学と同時にサッカー部に入った。ことの始まりは「中国人!」と言われたことからだった。初心者だったためか、同級生や先輩から「下手くそ!」「ちゃんと取れよ!」と言われ、いじめのターゲットにされていく。悪口を言われたり、仲間はずれにされ、学校に行き渋る。母親は顧問教師に、辰乃輔さんへのいじめを伝えた。顧問は「知りませんでした、気をつけます」と答えた。しかし、その後もいじめは続き、担任にも相談した。

©iStock.com

 夏休み明けの2016年9月、辰乃輔さんは何度か具体的な名前をあげて、仲間外れや陰口などいじめの事実を書き、担任に手紙で訴えた。

〈ぼくは消えたい。ぼくの事を死ねばいいと、消えてほしいと思ってる...(略)...ぼくは消えるから。母さん、じいちゃん、ばあちゃん。こんなぼくでごめん。もうぜったいゆるさない。...〉(9月11日)

 辰乃輔さんは手紙を書いても、思いは学校側に届かない。そのため、15日以降、手紙を書いていない。

「手紙を渡しても何の解決にもならないと本人が言っていました」(母親)