2015年の国連サミットで採択された「SDGs」をはじめ、企業に社会責任を求められる時代が到来している。しかし、日本において企業のトップが社会問題について公言するケースは極めてまれなことだ。その背景には発言が自社の財務に及ぼす影響があるのかもしれない。果たして、社会運動と経済活動を両立させることは可能なのだろうか。

 2015年に、アメリカのインディアナ州で宗教を根拠に正当化されたLGBTQへの差別を色濃く残した法案が起案された。そのとき、企業のCEOはどのような振る舞いを見せたのか。『トレイルブレイザー: 企業が本気で社会を変える10の思考』(東洋経済新報社)より、GAFAと並んで急成長を遂げた「セールスフォース・ドットコム」で会長兼CEOを務めるマーク・ベニオフ氏の体験談を引用し、紹介する。

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LGBTQ差別への抗戦

 読者の中には驚く人もいるかもしれないが、政治に関して言うと、私はかつて共和党を支持していたが、今は無党派だ。

 共和党のジョージ・W・ブッシュと民主党のバラク・オバマの両氏に助言してきた。2016年の選挙戦では、個人的にヒラリー・クリントンの募金活動を行ったが、トランプ政権のホワイトハウスで、ビジネスリーダーとして人材開発や技術研修プログラムの話をすることにも抵抗は感じなかった。セールスフォースは政治組織ではないし、私たちのバリューは特定の政党を支持するものではない。

 車の窓から州間高速道路280号線沿いのランドマークが見えた。私にとっては、あまりにも見慣れた光景で、目をつぶっていても思い浮かぶくらいだ。しかし、頭の中ではまるで遠いヒマラヤ山脈をさまよっているようだった。

 祖父のマーヴィン・ルイスのことを考えた。進歩と原理原則が一緒に揃ったときに、初めて効果を発揮すると、祖父は教えてくれた。私たちは自らの価値観を指針にしなければならない。

©iStock.com

 自分がやろうとしていることは、考え抜かれた企業戦略ではないとわかっていた。国内で論争になりつつある問題を大きく焚きつけるものだと見なされ、反発が出るだろう。私が尊敬している人も含む一部の人は、私が政争に巻き込まれることの妥当性について首をかしげるはずだ。

自らの価値観を表明する

 それでも、私は電話を取り出し、ツイッターのアプリを開いてメッセージを入力した。

「宗教の自由法案に対して、従業員や顧客が激しい怒りを感じていることを鑑みると、私たちはインディアナ州への投資を大幅に削減せざるをえない」

 ツイートを投稿した。参戦だ。

 静かな車内にいるはずなのに、私の心臓はバクバクしていた。もちろん、書いたことはすべてそのとおりだと思っていたが、私は1人の人間であり、セールスフォースは一企業でしかない。あけすけに脅しをかけたからには、責任を取る覚悟が必要だ。

「OK。次はどうなるか?」。私は自問した。