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2020/09/30

source : 文春新書

genre : ライフ, 医療, ヘルス, 社会, 歴史

感染症が浮かび上がらせる政権の不安定さ

 この15日の原の訪問については、『大正天皇実録』には記述がありません。大正天皇が1月28日から3月28日まで葉山に滞在したことが記され、その間に天皇と面会した人物を列挙するなかの1人に挙げられているばかりです。

 こうして見てくると、『大正天皇実録』にはひとつの特徴があることがわかります。それは『明治天皇紀』や『昭和天皇実録』に比べても、健康状態や病気などに関する記述が少ないことです。後に述べるように、皇太子や秩父宮の罹患についても、ほとんど触れられていません。大正天皇が病弱であったこと、そのために存命中から、皇太子である昭和天皇を摂政に置いたことなどはよく知られていますが、編纂者が病気について詳しくふれないよう記述したと推測されます。それが結果として、『大正天皇実録』の史書としての迫力を失わせているのは否めません。

©iStock.com

 この日、原は、葉山からの帰り、すぐに山県のいる小田原に向かいます。ここでも、やはり原の動きは素早いのです。ちょうどこの日、小田原の山県別邸には、朝鮮総督府で政務総監を務めていた、養子の山県伊三郎が帰ってきていました。つまり、わざわざ朝鮮から跡取りを呼び戻すほど、山県有朋の病状は危なかったのですが、〈山県の病気を見舞たるに快方なりという〉。なんと、もう山県は快方に向かっていました。

 このときは、原、山県だけではなく、多くの閣僚や政府関係者もインフルエンザに罹患しています。つまり、日本の権力の頂上で、サミット・クラスターが起きていたのです。

 いま、コロナウイルスのパンデミックの中で、世界のどこの国でも、その国の抱えている課題が露わになっていますが、このときも、スペイン風邪によって、当時の日本政治の構造が浮かび上がっています。私たちは学校で「大正デモクラシー」であったり「政党政治の時代になった」と習いますが、パンデミックを補助線にしてみると、その政党内閣の内実は、明治の元勲の後ろ盾がなければすぐに動揺してしまう、ひとりの長老がインフルエンザにかかるだけで、政権が揺らいでしまいかねない不安定さを抱えていたことが見えてきます。

感染症の日本史 (文春新書 1279)

磯田 道史

文藝春秋

2020年9月18日 発売

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