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旅のお供となるものができたらいいなと思いました

――自ら全編を書き下ろす提案をされたと伺いました。構成はどのようにつくっていったんですか。

又吉 僕は旅行のとき、絶対に本を持って行く質(たち)で、それがない旅は考えられません。羽田空港に国際線ができて、そこに蔦屋書店がオープンする。国際線のある空港の書店に置いてもらうんやったら、旅に一緒に連れて行ってもらえて、実際旅のお供となるものができたらいいなと思いました。

 でも、旅によっては、移動中、1冊の長編小説をガッツリ読まれへんこともあるじゃないですか。滞在先のホテルで眠る前にちょっと読んだり、移動中に目が覚めた時にパラパラ頁をめくったり。短いエッセイや自由律俳句は、そういう時間にちょうどいいかもしれない。空港の書店だけで発売する本と聞いた時から、そういうものをつくりたいというイメージが湧いてきました。

自分の表現を太くするためにも、好き勝手やる場所を求めてた

――小説を書かれるのは、2019年10月に刊行された長編小説『人間』以来ですよね。とりわけ、序盤に収録されている短編小説、「天使の話」が印象的です。太宰治が得意とした「女性独白体」をつかった、女性の視点で描かれた物語です。

又吉 僕、純粋なものに触れたときにちょっと屈折した物の見方をしてしまう癖があって。それが自分でイヤだったんです。情けないと思っていました。そんなもやもやから生まれたお話を以前ライブで朗読したことがあって、それをベースに書き直したのがこの作品です。

©深野未季

 中学生か高校生か、自分に翼がはえてくる気配を感じた女の子のお話ですが、翼は、天使にも悪魔にもはえてくる。この天使か悪魔かというのが僕の問題意識なんでしょうね。

 僕自身、子供の頃からなんとなく悪魔側に振り分けられてきたけど、果たして天使と悪魔ってなんなのか。そもそもそんなに異なる存在なのか。人はそんなに簡単に振り分けられ、ジャッジされ得るものなのか。

 太宰は女性独白体の語りの中に、自身によく似た登場人物を書き込みます。客観的に女性の視点から、「自分」を否定したり、時には許したりする。「天使の話」は女性独白体ではありますが、僕は、主人公に自分自身を重ねて書いています。

「誰がなんと言おうと僕はこうや」という自分を24時間ずっと信じられる人はいいんです。僕も「自分はこうだ」という基本的な姿勢は示したいんですけど、社会的な評価や「又吉はこういう人間やもんな」「こういう芸風やもんな」と言われたら、若干引っ張られてしまいます。勝手にジャッジされ、天使と悪魔の悪魔側に振り分けられることに対して、どう考え、どう対するべきなのか。それについて書き始めてみたら、こういう小説になりました。