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「重厚な将棋に憧れて……」17歳の女流棋士が“鉄板流”森内俊之九段に弟子入りするまで

野原未蘭女流2級インタビュー #2

2020/09/25

 野原未蘭女流2級の女流棋士資格は「女流公式戦ベスト8」を満たして申請したものだ。過去にこの資格で女流棋士になったのは礒谷真帆女流初段だけ。アマ大会での活躍により数多くの女流プロ公式戦に「アマ代表」として出場し、勝ち星を積み重ねてきたことが結果につながった。

 インタビュー後半では、これまでの女流プロ公式戦の話や、コロナ禍でアマ大会がなくなったときの心境の変化、森内俊之九段に師匠をお願いした経緯、この先の目標などを聞いてみた。(全2回の2回目、#1から続く)

 

◆ ◆ ◆

マイナビチャレンジマッチは「何の大会だかよく分かっていませんでした(笑)」

――女性アマには女流プロ公式戦の予選のような大会がありますね。未蘭先生が小5とき、2014年のマイナビチャレンジマッチ(女性アマ有段者なら誰でもエントリーでき、勝ち抜いた10名程度がマイナビ女子オープンに参加できる。一部女流棋士もチャレンジマッチから参戦)では、60代半ばの鈴木英春先生が北陸から夜通し運転して、未蘭先生と田中沙紀さんを東京まで連れてきたと話題になったのを聞いたことがあります。2015年に北陸新幹線が開通するまでは車で遠征でしたか。

野原 英春先生は基本的に車で遠征する方で、私1人ではなく田中沙紀さんや、他の「直伝」で教わっている強い方と一緒に大会などへ連れて行ってもらったことが何回かあります。大変というより、寝ている間に着く感じでした。小5の時のマイナビチャレンジマッチは勝ち進んだわけでもないのに、渡部愛女流三段と対局することができ、もちろん負けでした。でも、プロだということは後から聞いて知ったくらい、何の大会だかよく分かっていませんでした(笑)。

 このマイナビチャレンジマッチの他にもう1つ、リコー杯女流王座戦アマチュア予選があり、これも女性アマなら誰でもエントリーできて、例年勝ち抜いた6人ほどが女流王座戦に出場できる。それに加え、女流アマ名人戦や小中高大別の全国大会女子の部などの活躍によって倉敷藤花戦には2枠程度、女流王将戦には5枠程度、YAMADA女流チャレンジ杯には1枠のアマ枠もあり、男性に比べアマチュアが女流棋戦に参加する門戸が広い。野原女流2級は、この2つのアマ予選に小学生の頃から毎年参戦し、合計6回勝ち抜いた。女流アマ名人戦でも3連覇している。これにより、アマのうちに女流公式戦で26局を戦っている。

なかなか勝てなかった公式戦「勝率を挽回したかった」

 

――プロと対戦しても公式戦扱いにはならない「マイナビチャレンジマッチ」を除いて、初めて女流公式戦に出たのは小学生の時でしたか。

野原 女子小学生の駒姫名人戦で優勝し、小6で女流王将戦に出たのが最初です。野田澤彩乃女流初段に負けてしまい、そこから中2のマイナビ女子オープンまで公式戦で5連敗してしまいました。

――その間もマイナビチャレンジマッチでは女流プロに勝っていたのですが、公式戦ではなかなか勝てなかったのですね。

野原 はい。まだ力が足りないうちから女流公式戦に出させていただいたのはありたがく、経験も積めました。年々勝てるようにはなってきたのですが、最初の5連敗の分、勝率が悪くなってしまい、そこは挽回したかったです(※デビュー戦となった9月11日の倉敷藤花戦準決勝、中井広恵女流六段戦では、それまでの女流公式戦の成績として12勝14敗、勝率0.462という数字が紹介されていた)。