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17歳の誕生日、師匠になって下さるとお返事が

――東京や大阪近辺ではプロ棋士の道場や教室も多く、そこに通って師匠になってもらうケースも多いですが、地方だとそうはいかないですよね。手紙には何と書いたのですか。

野原 先生の重厚な将棋を勉強していて、自分もこういう将棋が指したい、そして弟子にしてほしいということです。倉敷藤花戦でベスト16まで進んでから出しました。宛先もよく分からず、森内先生が主宰されている青葉将棋クラブ宛にしました。しばらくしてお返事をいただき、倉敷藤花戦でベスト8に進んだら会って下さると。負けたら会っていただけないと思って、何が何でも室田伊緒女流二段に勝ちたいと対局に臨みました。実戦では研究通りには進みませんでしたが、うまく対応して勝つことができました。

 

――負けて研修会の資格で女流棋士になる場合は師匠になってもらえなかったのですか。

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野原 それは分からないです。勝ってベスト8になってから数日後に父と一緒に森内先生とお会いし、1局指して将棋を見ていただきました。翌日に師匠になって下さるとお返事をいただきました。その日は私の17歳の誕生日ですごく嬉しかったです。

 森内先生に師匠になっていただいたことは皆さんに驚かれ、手紙の話をするとさらに驚かれて「すごいね。ガッツがある」なんて言われました(笑)。

ソフト研究によって自分の得意な英春流の形ができてきました

――森内先生には弟子入りにあたり、心構えを説かれたりはしましたか。

野原 「ソフト研究はしているか」「この先、英春流が上達の壁になると感じた時に、ソフトを通じて1から将棋を勉強しなおす気持ちがあるか」と聞かれました。もともと英春流以外の戦法も勉強して指せるようになりたいと考えていましたし、「あります」とお答えしました。

 

――ソフト研究はいつごろからなさっていますか。

野原 中学生名人戦で優勝した中3で始めました。中学生アマでもソフト研究はしていて、決勝の相手は大会会場にパソコンを持ち込んで研究していました。中学生名人戦優勝は「女子初」と大きく報道されたので、その後の女性大会ではいつも優勝の本命と見られるようになって対策もされるようになりました。こちらもそれを上回る対策を用意しないといけないので、ソフト研究を始めたわけです。複数のソフトを試して、合う合わないを見ながらやっています。

 英春先生は、ソフト研究はしない方です。私はソフトで研究することにより、英春先生とは違う自分の得意な英春流の形ができてきました。英春流の中で進化しているというか、ソフト研究の成果でより良い将棋が指せるようになってきたと思います。