中国北部の内モンゴル自治区で、9月から小中学校の授業で使う言語をモンゴル語から標準中国語に変更するなど、中国政府によるモンゴル語教育を制限する政策が進められている。それに対してモンゴル族住民が反発。授業のボイコットや抗議活動が相次ぎ、自殺者まで出る事態となっている。
自身も中国・内モンゴル自治区出身で、静岡大学アジア研究センター長を務める楊海英教授はその中国政府による強硬な同化政策を「文化的ジェノサイド」と呼ぶ。そしてその文化的な殺戮に対し、かつて1960年代に毛沢東によって主導された「文化大革命」の記憶を思い出すと言う。(全2回の2回目。1回目を読む)
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幼い日に見た凄惨な光景
――今回のモンゴル語教育禁止政策を、第2の文化大革命だと指摘する向きもありますが、楊先生はどのようにごらんになっていますか?
私は内モンゴル西部のオルドスという町の出身なのですが、9月に入り、インターネットにアップされた故郷の動画を見て、悲しくなりました。警察官が母親から泣き叫ぶ幼い子どもを引き離し、むりやり学校に連れていってしまった。いま、内モンゴル各地で、国家権力による子どもの連れ去りが行われているのです。
あの動画が、幼い頃に見た光景と重なりました。文化大革命がはじまったのは、私が2歳だった1966年。約10年にわたった政治闘争で、当時内モンゴルに暮らしていた約150万人のモンゴル人のうち、2万7900人が殺害され、過酷な拷問の末に障害を負った人は12万人に達しました。5万人から10万人のモンゴル人が虐殺されたという説もあります。
あれは、私が5歳のある日です。私が母と一緒に馬に乗ってシャリクという町を訪ねると、人民公社本部で共産党幹部が宴会を開いていました。食糧不足で私たちは満足に食事もできない時期だったのに、ヒツジ肉の食べ残しが散乱していました。