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 今夏の王位戦七番勝負では優勢だった将棋もあったが、結果を出せずに藤井棋聖に4連敗で失冠。そうした中で、タイトル戦の検討の場を浮上のきっかけにしようしているように見えた。戦況を関係者に解説するのは立会人の仕事の一つだが、それを通して、木村九段も対局者と戦っていたのだった。百折不撓の男は諦めない。

 やがて、鈴木大介九段、佐々木勇気七段も控室を訪れて、にぎやかになってきた。ネット中継で観戦することが増え、最近は新型コロナウイルスの影響もあって東京の将棋会館では控室を訪れる棋士が減っているが、それでも真剣な表情で継ぎ盤に向き合う姿は対局者に劣らないくらい魅力的だ。

木村一基九段は、中継からは一転して真剣な表情を浮かべていた

控室で「えーっ」と悲鳴が上がった

 局面が進み、永瀬は先手のと金が利いているところに銀を引く勝負手を放った。控室で「えーっ」と悲鳴が上がったが、豊島は渾身の一手にも正確に対応した。歩の頭に捨てる▲2五桂の好手が鮮やかな反撃。これを永瀬は見落としていた。「ここまでの組み立てを間違った」と振り返る。結果的に空を切った永瀬の8五桂と、クリーンヒットした豊島の2五桂。2枚の桂馬が対照的だった。

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局面図3、68手面△6四銀まで(ニコニコ生放送より)

 苦しくなった永瀬は入玉を視野に入れて受けに回った。第2局や第3局の持将棋の激闘が思い出される。「持」には引き分けの意味があり、以前はタイトル戦の持将棋は双方半星(0.5勝)扱いだった。

 38年前の「十番勝負」の第40期名人戦は、第6局終了時点で加藤十段が3.5勝2.5敗となった。第7局の観戦記を担当した作家の色川武大氏は「今回また持将棋になると、〇・五勝ずつ加点され、加藤十段が四勝という結果になって勝負がついてしまう」(毎日新聞社『第四十期将棋名人戦』)と書いている。対局も受け身になった加藤十段が入玉を狙う指し方をしていた(結果は中原名人が加藤玉を寄せて勝ち)。

控室の継ぎ盤で検討する棋士たち

 もし、持将棋が半星という古い制度が今回の叡王戦でも残っていたら、第7局の時点で永瀬が4勝3敗となって番勝負を制していたことになる。対局者や運営は大変でも、現行の制度がすっきりしていると思う。