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「地獄への入口」だった福島第一原発 尿意に襲われた初出勤の顛末

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』#6

2020/10/18

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, 医療, ヘルス

note

 もう一つの扉が開く。これもファスナー式で、勝手に開け閉めはできない。

 左右には白、黒、黄色、青色、赤色など、様々な色、形、サイズのシモン製安全靴がおいてある。赤いブーツタイプを選んだ。以前、1Fの入口を撮影した際、警備のために立っていた作業員が同じ色、形の安全靴を履いており、その印象が残っていたためだ。最後の扉が開けられた。地獄への入口である。

 ドアが閉まると、係員が「ご安全に!」と声をかけてくれた。耳慣れない言葉だが、原発に限らず、建設現場では日常的に使うらしい。

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 野外に出て、右側のプレハブ小屋に入って、ヘルメットを装着する。各社のものが陳列されていたが、私が選んだのは黄色でテプコのロゴがあったヘルメットだ。余談だが、このヘルメットも原発のための特別仕様だという。着脱が容易なよう改造されているらしい。

(著者提供)

尿意との戦い

 担当する3号機、4号機近くの現場まで行くためバスに乗った。途端、強烈な尿意を覚え、私はバスの中でひとり、腰をくねらせていた。

 バスは、1Fの正門を抜け、構内へと進入した。

「小便する場所ありますか……」

 隣の作業員に小声で打ち明ける。

「なに? 小便? 今日は特別な作業はないから。すぐ終わるって。我慢して」

 全面マスクを装着しているため、大声がバス中に響き、作業員たちが振り向いた。下半身から意識をそらすため、窓にかぶりついて景色を眺めた。

 バスは最初の大きな交差点を右折し、砂利道へと入っていった。

 1Fの構内は広い。片側2車線の道路があり、交差点には信号もある。電気は復旧しているはずだがどの信号も沈黙したままで、勤務していた1カ月あまりの間、何度かヒヤリとさせられた。交通事故防止は熱中症対策と並んで1Fでの大きな課題で、接触事故程度なら週に一度はあった。作業前のミーティングでも、毎度、交通事故に注意するようお達しが出た。

 突貫作業で復旧させた道はでこぼこで、なんとか走れる程度に直ったという状況だ。亀裂がそのままになっている箇所は多く、塞ぎきれなかった穴には鉄板が置かれ、特に危険な場所にはカラーコーンが設置され物理的に近づけないよう処置がされている。

ワンボックスが突っ込んだデイリーヤマザキ(著者提供)

 が、それ以外の場所でも安全とはいえず、お盆の頃には、すれ違いのため脇に寄った日立のユニック・クレーン車が、軟らかい路肩にはまって横転した。怪我人はなかったようだが、事故は1Fの敷地外でも頻発した。

 1Fの正門から東芝のシェルターまで、フェンス伝いに2、3分走ると、左手にデイリーヤマザキのコンビニエンスストアがある。ここにスズキのワンボックスが突っ込んだのは初勤務から数日後のことだ。作業員にとって死に直結する危険は放射能ではなく、熱中症と交通事故だった。