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「地獄への入口」だった福島第一原発 尿意に襲われた初出勤の顛末

『ヤクザと原発 福島第一潜入記』#6

2020/10/18

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, 医療, ヘルス

note

初仕事は床掃除

 プロセス主建屋も地震と津波の被害を受けている。もともと汚染物質の一時保管庫であり、内部にはそのための機器が詰まっている。それらを撤去したサリー用のスペース以外に目を向けると、あちこちに壊れたままの機械が放置されていた。ぼろい、という表現は適切ではない。廃墟と言ったほうが実情に近い。

「こっち来て。ぼさぼさしない」

 同僚の熟練工たちは足場を組んだり、翌日から行われる溶接作業の準備に取りかかった。箒(ほうき)を手渡され、床を掃く。私の初仕事である。というより、初日に限らず、初勤務から数日は全面マスクに慣れることが目的とされる。熟練工であっても、こうしたマスクをして勤務するのは初体験だ。

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サリーで掃き掃除(著者提供)

「俺、泊(とまり)原発で釜(格納容器)の上に乗って仕事してんだ。それでも被曝なんてしないんだわ。泊の線量なんて自然界より低い。福島の線量は馬鹿みたいな数値だ。それに暑い。早く仕事終えて北海道に帰りたい」(バスで隣席となった北海道在住の作業員)

 慣れないマスクをはめ、おまけに素人の私にできる作業は掃除や補助作業しかなかった。サリーは精密機械のかたまりで、私が行った仕事は、掃き掃除・拭き掃除、足場組みの補助、シーリング、遮蔽板の設置というスキル不要な、純然たる肉体労働ばかりである。

 尿意は消えなかった。責任者に打ち明けようと悩んだが、初日から小便を我慢できずシェルターに戻ったとなれば、作業員失格と思われてしまう。ただでさえ運転免許以外、なんの資格も所持していない。使えない作業員という自覚は十分にある。