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“消滅危機言語”の書き言葉であふれる

 アイヌ語は極めて深刻な消滅危機に直面している言語だ。明治以来の同化政策や和人(大和民族)の北海道開拓の結果、いまやアイヌ語を母語とする人はほとんどいない。

 ウポポイはこのアイヌ語を、将来的には施設内での共通語にするという画期的な目標を掲げ、従業員たちは和人系・アイヌ系を問わずアイヌ語の名札を付けている。トイレなどの施設や博物館内の一部の解説文も、アイヌ語の下に日本語を併記する形を取る。

国立アイヌ民族博物館の展示室入り口。アイヌ語である。

 アイヌ語には沙流・静内・樺太・白老など12の方言があるため、博物館内では展示パートごとに別の方言が使い分けられるという複雑な方法が採用されている。これだけ各地のアイヌ語の書き言葉が溢れている場所は日本でもここだけだろう。

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 とはいえ、園内マップのパンフレット、ショップの商品説明やメニュー、博物館内の一部の展示解説など、日本語のみの場所も多い。現時点では、実用よりも一種の装飾や象徴としてアイヌ語表記がおこなわれているとみてよさそうだ。

博物館内のおしゃれなミュージアムショップ。こうした場所ではアイヌ語はほぼ見られない。

コンセント付きのアイヌ家屋

 博物館外には、巨大な体験交流ホールや体験学習館、屋外ステージなどがある。ほかに工房では工芸家による実演を見ることができ、さらにアイヌの伝統的な集落「コタン」を再現したアイヌ家屋「チセ」が何軒かある。

 もっとも、ウポポイのチセは実際は現代的な建築技術で作った壁にアシが貼られており、屋内には普通にコンセントの差し口がある(札幌市郊外にあるアイヌ文化交流センター「サッポロピリカコタン」で復元されたチセのほうが、実物に近い姿だと思われる)。

ウポポイで再現されたチセの内部。体育館のようなしっかりした作りの床や、冷暖房完備でコンセントも付いている壁をどう評価するかは難しい。

 工房の実演も、作務衣のような服を着た(少なくとも外見上は普通の)公務員顔のお兄さんが、中学校の技術家庭科室のような部屋で淡々と解説や作業をおこなう様子を見学するだけなので、見ていてあまり面白くない。

 オープン当初なので仕方ない部分もあるが、現時点のウポポイは各方面になんとなく上滑り感があり、「ハコ」に対して内実が伴いきれていない印象を感じさせた。

再訪させるほどの魅力は……

 もちろん、個人的には学びも非常に多かった。私はメディアの立場で訪問したので、地元出身のアイヌの女性学芸員の方に展示室を案内してもらえたからだ。家族や生い立ちの話まで聞かせてもらい(なんと展示コーナーの20世紀初頭の写真にご先祖様が写っている)、アイヌ語やアイヌ史の質問にも丁寧に対応してもらえたので、ご厚意にとても感謝している。

アイヌの最も重要な儀礼「イオマンテ」では、集落で数年間にわたり大事に飼育した子グマを屠り、その魂(カムイ)を天に返す。

 ただ、アイヌの学芸員からマンツーマンでレクチャーしてもらえるわけではない一般の観覧客が、同様の魅力を感じられるかは疑問だった。上野公園の博物館・美術館群や大阪の国立民族学博物館などと比較すると、現時点でのウポポイは一度だけの見学ならよくても、リピーターになって来ようと思えるほどの魅力はない気がする──。

 とまあ、以上が参観の感想だ。ちょっと厳しく書いたが、ここまではあくまでも施設のクオリティに対する建設的批判である。たとえ「見せ方」が拙かったとしても、先住民族であるアイヌをテーマにした初の国立施設が作られたことが持つ大きな意義は、本来なら決して揺るがないはずだ。

 私が覚えたモヤモヤした感覚は、これらとは別の部分にこそあった。