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「いまの時代」の日本でなぜアイヌ施設が?

 近年、アイヌは「在日コリアン」や「沖縄」などと並んで、いわゆる「愛国者」的なマインドを持つ識者やネットユーザーたちから攻撃されやすいテーマのひとつになっている。

 アイヌが北海道や東北地方の先住民で、その民族的なアイデンティティを持つ人たちが現在も存在することは、学問的にも明らかな話であり議論の余地がない。だが、おそらくこの記事についても、「Yahoo!ニュース」あたりに転載された後は、コメント欄に「アイヌは存在しない」「捏造だ」といった演説をぶつ人が何人も登場するだろう。2014年には当時の札幌市議がそうした意見を明言した例もある。

 彼らのように露骨な言葉を口にしないまでも、「日本は単一民族国家だ」という認識に違和感を持たない程度にはアイヌの存在を気にせず暮らしている人は、むしろ現代の日本社会の多数派を占めているかと思われる。

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「アイヌ 捏造」でGoogleの動画検索をおこなった結果。強い言葉が並ぶ。

 加えて昨今は、日本の素晴らしさを強調することや日本国民の一体感を確認することが好まれる時代だ。日本に和風文化とは異なる伝統を持つ民族が存在することや、往年の日本が近代化の過程で「犠牲者も出した」ことを積極的に認めるような歴史観は、ともすれば自国をおとしめる反日的な言説として批判の対象になる。

 そんなご時世に、近代日本が同化政策を進めた先住民であるアイヌの存在に肯定的なメッセージを示す「民族共生象徴空間」が、政府主導で建設されたのはかなり意外だ。

 さらに驚かされるのは、ウポポイがなんと(リベラル寄りの民主党政権の遺産ではなく)ほぼ完全に安倍政権の手で作られたことだ。正直、国内のマイノリティに対して興味が薄そうなイメージがあった前政権が、アイヌ分野でこれだけ目に見える「業績」を残したのは珍事とさえ言っていい。

旗振り役は菅義偉現総理だった

 日本のアイヌ政策が大きく転換した契機は、2007年9月に国連総会で「先住民族の権利に関する国連宣言」が採択されたことだ。そこで翌年6月、国内でも福田康夫政権下の衆参両院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が全会一致で採択される。

 そして、この決議をもとに「民族共生の象徴となる空間」を北海道白老町に建設することが閣議決定されたのは、第二次安倍政権成立後の2014年6月だった。当然、その後のさまざまな決定もすべて安倍政権下で進められた。

アイヌ民族博物館内の展示。見事な衣装。

 2019年4月にはアイヌを先住民族として明確に定義づけた「アイヌ新法」(アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律)も成立する。一連の政策の旗振り役は、安倍政権下で官房長官を務めていた菅義偉現総理だった。

建設費200億円、補正予算案で追加38億円……

 では、ウポポイ建設に政府側から携わった人たちは、この施設にいかなる役割を期待していたのか。菅氏は2013年夏、自身が座長を務める政府のアイヌ政策推進会議でこう発言している。

「オリンピック・パラリンピックの前にウポポイを完成させることで、アイヌ文化の素晴らしさを世界に発信することができる」

博物館の2階からの風景。あいにくの天気だったが、ポロト湖が美しい。

 より具体的なのは、同会議の委員を務める石森秀三・北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授の発言だ。2019年8月9日付け『観光経済新聞』から引用しよう。

「インバウンドの隆盛化に伴って、世界から数多くの外国人ビジターの来訪が予想される。ウポポイにおいて、アイヌ文化の復興・創造が飛躍的に進展し、世界のさまざまなビジターが楽しく“歓交”できるならば北海道観光は新たなステージに入ることになる。そのためには、民産官学の協働によるウポポイの盛り立てが不可欠になる」

 つまり主たる目的として強調されたのは、東京五輪にともなう日本経済の活性化とインバウンド誘致だったのだ。