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連載春日太一の木曜邦画劇場

カッコよく情けなく切ない、緒形拳の多彩な演技を堪能!――春日太一の木曜邦画劇場

『野獣刑事(デカ)』

2020/10/20
1982年作品(119分)/東映/4500円(税抜)/レンタルあり

 前回に引き続き、横浜市歴史博物館にて企画展が開催されている緒形拳の出演作について述べたい。

 緒形は主役、脇役、悪役、いずれのポジションでもそれぞれに役割を完璧に果たしてきた。さらにその中で主役を演じる際も、ヒーロー、アウトローから一般人まで、その役柄は幅広い。時にカッコよく、時に情けなく、時に切なく。その演技も多彩。そのため、娯楽アクション、ハードボイルド、社会派、文芸――多岐にわたるジャンルの作品に主演できている。

 前回と同じく工藤栄一監督と組んだ『野獣刑事(デカ)』は、そんな緒形ならではのバラエティに富んだ魅力を一作の中で味わえる贅沢な作品である。

 緒形が演じるのは大阪の刑事・大滝。この男がなかなかの型破りで、頭髪はオールバック、シャツは赤、朝から情婦・恵子(いしだあゆみ)――しかもかつて自分が逮捕した男・阪上(泉谷しげる)の内縁の妻――と情事に明け暮れ、その家から事件現場に駆け付ける。

 捜査手段だって容赦はない。解決のためなら、暴力による証言強要もマスコミへのリークも、組織を無視してのスタンドプレーで平然とやってのけていた。

 そんな大滝を演じる緒形は、ハードボイルドで、ヒロイックで、カッコいい。一方で、周囲から「滝やん」と呼ばれる大阪下町の下世話さもあり、「品行方正どころか、あそこガバガバやったんやな」といったセリフを言う様も自然。また、恵子の息子に手料理をふるまう時には、父親のような優しさも見せる。釜ヶ崎に潜入した際は完璧に日雇い労働者になりきっていた。――と、カッコいいだけでなく庶民的な親しみも漂わせるのである。

 しかも、そのいずれの場面でも、目の奥底は冷たく鋭い。そのことが、大滝が怜悧な凄腕刑事だということを示す。

 さらに素晴らしいのは、後半になってから。

 女性ばかり狙う連続殺人事件を追う大滝は、恵子を囮にして犯人をおびき出そうとするが、自身のミスにより恵子は犯人に襲われてしまう。

 背中に恵子を背負い、必死に走る大滝。雨に打たれながら夜の薄暗い路地を懸命に駆け抜ける、その姿。工藤栄一らしい陰影の濃いスタイリッシュな映像とあいまって、そのシルエットは実に切なく映し出されていた。

 そして、最後に迎える阪上との終局を経ての、ラストシーンが、またいい。大滝は恵子の息子に拒絶される。ポツンと一人で歩き去る、寂しげな姿には、序盤からは想像もつかない弱々しさが――。

 緒形拳の演技の多彩さを心ゆくまで堪能できる一本だ。

日本の戦争映画 (文春新書 1272)

春日 太一

文藝春秋

2020年7月20日 発売

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