昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載春日太一の木曜邦画劇場

ちっぽけな人間のエゴと弱さを見たいならコレだ!――春日太一の木曜邦画劇場

『鬼畜』

2020/10/27
1978年作品(110分)/松竹/2800円(税抜)/レンタルあり

 今回も、横浜市歴史博物館にて企画展が開催されている緒形拳の出演作を取り上げる。

 作品は『鬼畜』。2回目の登場だ。零細の印刷工場を営む宗吉(緒形)が妻(岩下志麻)に隠れて愛人(小川真由美)との間に子供を3人も作る。だが、工場の経営が傾いたことで養育費を払えなくなり、愛人は幼い子供たちを宗吉に押し付けて消えてしまう。夫との間に子供がいないことを苦しんできた妻は子供たちを虐待、そして宗吉は妻に押し切られるまま子供たちを1人ずつ「始末」していくことに。

 以前に取り上げた際は本作における岩下志麻の狂気について述べた。今回は緒形拳に注目してみたい。

 緒形拳はとにかく幅の広い役柄を多彩な演技で表現してきたのだが、一般人を演じる時は情けなさを徹底して見せつけてきた。そして、その「情けない緒形拳」が最も色濃く出ている作品の一つが、この『鬼畜』なのである。

 とにかくこの宗吉、ここまで読んできてもお分かりいただけるかと思うが、人として最低の部類にある。といって悪党ではない。目先の欲望に負け続け、ひたすら右往左往し続けて子供たちを守ることもできず、なし崩し的に大きな悲劇を生み出してしまう。

 彼がもう少ししっかりしていたら――そんな歯がゆさを思わずにはいられない。

 そして、そう思わせるだけの演技を緒形がしていたということでもある。ちっぽけな人間ゆえのエゴと気弱さを、緒形は的確に表現していた。

 たとえば、愛人が初めて家に子供たちを連れてきた時の慌てぶり。これまでの事情を愛人が妻に話すのを黙って聞く、いたたまれなさ。2人の女性が気丈なだけに、その腹の据わらなさが際立つ。うつむいて、時おり顔色をうかがい、ただオロオロするだけ。情けないこと、この上ない。

 妻が赤ん坊の口に米を突っ込んでいく場面でも、「! よせったら! よせよ!」と遠巻きに言うだけで何もできない。毅然と子供を取り上げて救うのは社員の若者(蟹江敬三)。「しっかりしろよ! 旦那の子だろ!」と言われても弱々しい表情を浮かべるのみ。

 気弱さ、情けなさが大人としての無責任さとして映し出され、子供たちはもちろん、愛人も妻も、この男の至らなさの被害者でしかないのではないか――そうとしか思えなくなる。それでいて、子煩悩なところもあり、子供たちと水入らずで過ごす場面では、父親としての優しい表情も見せる。そのことが、愛情と気弱さの間で揺れ動く宗吉の葛藤をやるせなく伝えていた。

 泥臭く、生々しく。等身大の一般人だからこその弱さを演じてのけた緒形。見事だ。

日本の戦争映画 (文春新書 1272)

春日 太一

文藝春秋

2020年7月20日 発売

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

週刊文春をフォロー