文春オンライン

「主文。被告を死刑に処す」 裁判官が見抜いた、坂本弁護士一家殺害事件犯人の“本性”

『私が見た21の死刑判決』より#2

2020/10/31

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 読書

note

欲得と打算に根ざした行動である

 岡崎自身が法廷でも語っていたように、教団によって殺されることから身を守るという自己保身にあった。

 反省からではない。

 だから、その時にも嘘をついた。刑事責任が軽くなることを狙って、坂本弁護士の首を絞めたことを隠し、玄関で見張っていたと言った。

ADVERTISEMENT

 龍彦ちゃんの遺体を埋めた地図を送ったのも、教団からカネをせしめることであり、証拠を握っていることを見せしめて身を守ることにあった。

 これを裁判長は「もっぱら欲得と打算に根ざした行動である」と断言したのだ。

 だから、神奈川県警が事件から10カ月後に接触してきたときにも、平然と嘘をついた。そして、捜査の進捗状況を確認する目的で捜査協力者を装って捜査機関と連絡を保っていた。その間も、ずっと真相を隠したままだった。

©iStock.com

 そういえば──。

 林郁夫は、よく泣いた。法廷でやたらに泣いていた。

 初公判の罪状認否の時から既に泣き出し、傍聴席の遺族被害者が、いっしょになって号泣していた。

 証人として呼び出された法廷でも地下鉄サリン事件の犯行場面を証言する度に、ポケットからハンカチを出して目頭をおさえる。

打算的ではなかった林郁夫の自白

 裁判も終盤になると、被告人質問中に溢れてくる感情を抑えきれずに、号泣する。

 ある時、自白に至るまでの心境の変化、特に自分が殺した駅員2人の家族のことを慮ったことを回顧している時のことだった。それまで、はあはあと、深呼吸するように供述をつないでいたものが、突然何かに詰まったように、「う、だぁっ!」と叫んだかと思えば、そのまま証言台に突っ伏して、泣き声をあげ続けることもあった。やむなく、裁判長が休廷を宣言したほどだった。

 それを見ていた裁判長が、反省・悔悟の情は顕著であるとして、

「死刑だけが本件における正当な結論とはいい難く、無期懲役刑をもって臨むことも刑事司法の一つのあり方として許されないわけではない」

 判決理由の最後をそう締めくくっていたのだった。

 そうして最後にこう告げていた。

「主文。被告を無期懲役に処す」と──。

 法廷で自首を主張する弁護側立証はいっしょでも、事件を自白したところに打算的なものはなかった。

 真剣にサリンを撒くことを「救済」や「戦い」と信じたように、狂信的なまでの純真さで事件を自白したのだ。教団という単一的価値観の閉鎖的空間から引き離されて、環境が変わった直後のことだった。それが林郁夫だった。

 しかし、教祖を強請るまでした岡崎の本性は違っていた。