文春オンライン

“アメリカの虎の尾を踏んだ”からロッキード事件は起きた? 戦後最大の汚職事件を巡る通説と真実

『ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス』より #2

2020/10/30
note

田原の根拠に疑問

 ともかく、田原論文はうわさ程度の話も含め、真贋を吟味せず、証拠のない陰謀話を連ねている。結論的には、田中はウラン資源の確保に動いたため、金脈問題を追及され、辞任したとする仕立てのようだ。

 田原は後年、この論文について次のような説明をしている。

 田中角栄はオイルメジャー依存からの脱却を図って、積極的な資源外交を展開した。そのことがアメリカに睨まれて、アメリカ発の『ロッキード爆弾』に直撃された、という問題提起であった*18。(太字部筆者)

ADVERTISEMENT

*18 http://www.the-journal.jp/contents/tahara/mb/post_117.html 2020年1月17日アクセス、「オイルメジャー」は大手石油資本のこと

 この田原論文は、月刊誌『中央公論』の1976年7月号に掲載されており、その発売日は前月の6月10日。7月27日の田中逮捕の約1カ月半前のことなのに、記憶違いか。傍点部のように既に「『ロッキード爆弾』に直撃された」ことになっている。直撃つまり逮捕とすれば、逮捕は47日後のことだった。

論文そのものが“ガセネタ“と断定されている

 田中の秘書、早坂茂三も田中に関する回想録の中で「(昭和)51年7月、彼(田中)が逮捕された直後、田原総一朗が『中央公論』に発表した……論文」と間違って書いている*19。

*19 早坂『田中角栄回想録』、229~230頁

©iStock.com

 ただ、田原は「ロッキード事件では、田中角栄、中曽根康弘といった、いわゆる“自立派”がたたかれている」あるいは、「ロッキード事件は……田中金脈事件につづく第二幕」とも書いており、田中逮捕を予測して書いた、ということなのだろうか。

 いずれにせよ、論文発売後に、東京地検特捜部は丸紅および全日空の首脳、さらに田中の逮捕と続いて大混乱した。その後、田原の言う「アメリカの虎の尾」は時流に乗り、いわば共同幻想のような形で、現在に至っている。同じような問題意識の本も出版されている*20。

*20 例えば、山岡淳一郎『田中角栄 封じられた資源戦略』、草思社、2009年

 田中がアメリカ政府、またはエネルギー資本の逆鱗に触れたのが事実であれば、その首謀者や動機、証拠についても取材してしかりだが、そんな記述は見当たらない。

 そんなこともあって、立花隆はこの論文を「ガセネタ」と断じている*21。

*21 立花隆『「田中眞紀子」研究』、文藝春秋、2002年、308~309頁

 田原は石原慎太郎との共著で「ジャカルタの反日暴動は、実はアメリカが仕掛けたのだ、といわれている」と言い、石原は「田中氏が資源問題でアメリカの『虎の尾』を踏んでしまったというのは、まさにおっしゃる通りです*22」と返している。新川はこれを「憶測が、周知の事実のように語られている」と批判した*23。

*22 石原・田原『勝つ日本』、38~40頁
*23 新川『田中角栄』、231~232頁

 田中自身は、早坂の著書の中で「わたしの資源外交に対して、アメリカのメジャーからいろんな横ヤリがあるだろうとはわかっていたが、それはしょうがない」と語ったとしている。しかし、石油メジャーの、どの会社の誰が航空機産業のロッキード事件で田中を陥れる工作をしたのか。業種を超えて、そんなことは現実にはあり得るとは思えない。

ロッキード疑獄 角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス

春名 幹男

KADOKAWA

2020年10月30日 発売

“アメリカの虎の尾を踏んだ”からロッキード事件は起きた? 戦後最大の汚職事件を巡る通説と真実

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー