30年近くヤクザを取材してきたジャーナリストの鈴木智彦氏は、あるとき原発と暴力団には接点があることを知る。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、鈴木氏は福島第一原発(1F)に潜入取材することを決めた。7月13日から始まった1F初勤務の様子を『ヤクザと原発 福島第一潜入記』(文春文庫)より、一部転載する。(全2回の2回目/前編を読む)

敷地内の喫煙

 実際、東電やプラントメーカーは作業員の生殺与奪権を実質的に握っている。マスコミとの接触を厳禁し、作業内容を少しでも漏らせば誓約書違反で解雇になる。これまで原発一筋で生きてきた職人にとって、解雇は死の宣告に近い。作業員や関係者への取材で必ず耳にしたのは「そんなこと言ったら、このへんで生きていけなくなる」という怯(おび)えだった。トラブルがあっても表に出ないのは、東電という雇い主が絶対的権力を掌握しており、気に入らない職人や業者を簡単に排除できるからだろう。こうした規約や誓約書によって隠蔽された不正は、私が見ただけでも両手の指では足りなかった。

フクシマ50と警戒区域の犬(写真:著者提供)

 わかりやすい例に敷地内の喫煙がある。

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 私が1Fに入る以前から、週刊誌によって作業員の喫煙は大問題になっていた。てっきりもうなくなったと思っていたところ、勤務から3日目、私はすぐその現場を目撃した。この日は暑さが厳しく、同僚がちょっと休もうと言い出した。車に乗って向かったのは、東芝系列IHIの協力企業が入居する雑居ビルだ。

 先輩たちに続いて中に入ると、ホワイトボードの後ろに喫煙所があった。ボードは表の窓からその様子を隠す防護壁なのだ。裏にはテーブルとパイプ椅子があって、灰皿や予備のゴム手袋を入れたビニール袋が置かれていた。

「しんどい、暑い。やってらんねぇ」

 同僚たちはホワイトボードの陰で全面マスクを脱ぎ、椅子に腰掛けタバコを吸い始めた。本来、マスクとタイベックの間は、隙間を塞ぐためビニールテープが巻かれている。厳重に顔周りに何度もテープを巻く人もいるし、それに関して細かい指導はない。タバコを吸っている作業員たちは、そのテープを左右の耳の間にしか巻いていなかった。マスクを脱ぐため、テープをすぐ外せ、すぐ装着できるよう工夫していたのだ。

「いいよ、吸いなよ」

 私は現場にタバコを持参していなかった。

「なんだよ、いつも首から提げてるっぺ」