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2020/11/08

source : 文春文庫

genre : ライフ, 社会, 読書, 医療, ヘルス

 私は豊天商店というメーカーのタバコ入れを常に首から提げていた。表面にでかでかと「たばこ」とプリントされたもので、この文字のおかげでほとんどの人間が疑いなく中にはタバコが入っていると思い込む。格納しているのはペンタックスの防水デジカメで、裏面はレンズに沿って丸く切り抜いており、シャッターの部分も切れ目を入れてある。タバコのロゴをひっくり返せばすぐに高画質の写真が撮れるわけだ。

 作業が終わってサーベイを受ける際は、肌着だけになるため、タイベックでタバコ入れを隠すことができない。係員がこれをみて「中でタバコ吸えるの?」と鎌をかけてきたこともある。

「いざというとき、もう駄目だというとき、最後の一服をしようと思って。お守りです」

「ふーん」

 東芝やIHIがこうした不正を探り出そうとしていたのは事実だろう。ただ作業員のずるがしこさは、長く現場を経験しているだけに巧妙である。

フクシマ50の背中(写真:著者提供)

回答ゼロのアンケート

 2011年10月7日、APD隠しに関して、東電が記名式のアンケート結果を公表した。班長クラスの231人に対し、「線量計を持たなかったり、持たないよう指示したことがあるか」「不携帯を見聞きしたことがあるか」という2つの質問をぶつけたもので、記名式で本当のことを言う人間などおらず、回答ではゼロである。アンケートの信憑性もまたゼロと言っていい。

 タバコを持っていなかったので、Jヴィレッジで配られていたゼリー状経口補水液を肌着のポケットから取り出し一気飲みした。作業員はこれを命の水と呼んでいた。

「駄目だ~鈴木さん。水飲んだら駄目なんだよ。法律違反だっぺ」

 どうせ規約を破るなら、命に関わる水を持ってくるのが合理的だ。が、作業員の価値観では、水は御法度、タバコはオッケーだった。原発専業作業員の感覚に戸惑って、飲み終えた容器は再びポケットにしまった。すぐ横では、他社の作業員が全面マスクを装着し、こちらを見ないふりで機材の片付けをしていた。ここにはトイレもあって、小便なら可能だった。